« 2015年2月 | トップページ | 2016年3月 »

2015年3月 5日 (木)

JVAのゴールドプランに対する私見(その2)

(前回に引き続き、昨年夏に開催された、日本バレーボール学会主催・2014バレーボールミーティング「一貫指導から求めるジュニア〜ユース世代の育成」の中で展開された、基調講演に対して感じた個人メモより)


「基本技術の統一化」について

 指導者1人1人、何を「基本」と考えるかがまるで違っているがゆえに、JVAが今やろうとしている「基本技術の統一化」なるものは、結局のところ、日本中の指導者の考えの "最大公約数" を「基本技術」として定めようとしているに過ぎない。

 そもそもなぜ「技術」を統一化する必要があるのか? ・・・ そうすれば「一貫指導」が達成できると考えている節があるが、(何度も書いているように)世界の戦術は10年も経てばガラッと変わるほどに変遷の歴史を辿っている。基本技術を統一化させれば、戦術の固定化をまねき、コートの向こう側に関心を持たないジブンタチノバレーに終始する結果に陥るだけだ。

 選手がバレーボールそのものを好きになれずに燃えつきてしまったり、見る側にバレーの魅力がうまく伝わらずに普及が進まないないのは、バレーボールが「対戦型スポーツである」という、そもそもの大前提を、日本のバレー関係者が忘れ去っているからである。

 ある方が去年、国際試合の会場練習を見て驚いていたこと。

「セルビア・ナショナル・チームの女子選手たちは、ペッパー(対人パス)がほんの2〜3回しか続かないのに、試合になると日本より強い。」

 この事実が雄弁に物語るように、「ボールをコントロールする」技術をいくら磨いてもそれは自己満足に過ぎず、「対戦型スポーツ」における目的である「相手に勝つ」ことに繋がるとは限らない。ボールを思うようにコントロールできない初心者段階から、本来の目的を味わうことができて初めて、選手はバレーの魅力を感じ取ることができるのだ。

 何が "基本" なのか? ・・・ その答えは「相手に勝つという目的を達成するために、必要となるコンセプトや戦術的思考力」であって、それは今すぐにでも日本全国の指導者同士で、共有することは不可能ではないはずである。そうしたコンセプトや戦術的思考力さえ、初心者段階から指導を受ければ、あとはその目的のために必要な技術は、選手自身が試行錯誤すればいい。そのように指導された選手なら、必然的に生じる新たな戦術の変遷にも、きちんと対応していける能力を、上位カテゴリに進めば自然に身につけているはずである。

 もう1点、「戦術的思考」抜きで基本技術を考えようとする弊害は、ボールに触れる選手以外の、コート上の5人の選手のいわゆる「オフ・ザ・ボール」のプレーが、議論に一切挙がってこない点にある。今、日本のバレーが世界から大きく引き離されているのは、この「オフ・ザ・ボール」のプレーである。

(質問時間を途中で遮られたので、講演中にメモしていた内容をまとめて書いてみた。その2。)

 とりあえず疲れたので、まとまりないがこの辺で。

 ともかく、「円陣パスでもしていれば、小学生はバレーを好きになってくれる」なんていう、そんなお花畑な思考では、指導も普及もできません!!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2015年2月 | トップページ | 2016年3月 »