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2010年10月 3日 (日)

「奇跡」でも「大金星」でもなく(その3)

1980年代に、アメリカ男子ナショナルチームが世界に先駆けて導入した「分業システム」。アメリカのオリンピック2連覇達成という「論理的帰結」を目の当たりにして、世界の戦術変遷に遅れまいと1990年代に入って「分業システム」を導入した日本の男子バレー界でしたが、その過程で生まれた新たな用語は「スーパーエース」でした。実際、中垣内祐一元選手や泉川正幸元選手のような、世界に通用するスーパーエースがすぐに誕生しましたが、その陰では、もともと器用でオールラウンダーが多かった比較的低身長のセンター陣がこぞって、レセプション中心に「守備要員」としてレフトにコンバートされました。「スーパーエース」という一人のキープレーヤーを生み出すために、日本では「大型化」が阻まれる結果になったとも言えます。さらには、免除されたのはレセプションだけだったはずなのに、レシーブ全般を苦手とする長身のセンターの選手が多くなり、「分業システム」とセットであったはずの「組織的リードブロックシステム」の導入に躓いてしまいました。(このあたりは詳しくは、『Volleypedia(バレーペディア)』p116-117の「用語から見た戦術の変遷」をご覧下さい。)

とどのつまり、レシーブの苦手な選手にレシーブさせずに攻撃のみに専念させれば、世界に通用するスーパーエースが「手っ取り早く」生み出せるはずだ、という短絡的思考が、日本の男子バレー界を支配してしまったと言ってもいいでしょう。そこに欠如していたのは、アメリカ男子ナショナルチームが「分業システム」を導入した当時の戦術的背景への理解です。大型化による圧倒的な「個人技術」で世界をリードしていたソ連に対抗できるような、優れた「組織的戦術」を生み出すために、編み出された戦術こそが「分業システム」だったのです。ですから「分業システム」の意義は、優れた「スーパーエース」を生み出すところにあるのでは決してなく、ブロックとディグの連係を図るための「組織的」リードブロック戦術及び、それによってワンタッチを取った直後のトランジションで、いかに有効な攻撃「システム」を構築するか? というところにあったのです。確かに海外でも世界に名だたるスーパーエースが次々誕生していきましたが、その陰で、海外で着実に進んでいたのが「セッターの大型化」でした。その象徴がオランダのブランジェ(205cm)であり、アメリカのロイ・ボール(203cm)ですが、何もこの2人ほど大型化しなくても、せめてセッターを「ブロックの穴にならない」程度に大型化することは、どんな「組織的戦術」の構築にとっても、必ず役に立つはずです。


『排球参謀』より引用


アメリカで研修に臨んでいる際に数人の監督達に、こんな質問をぶつけてみました。

あなたのチームには3人のセッターがいます。あなたはどのセッターを選びますか?

・・・(中略)・・・

セッターに望むのは高いセッティング能力であり、その他はプラスアルファーであるという認識が強いようです。

といいつつ、アメリカ女子のセッターを勤める選手は180cmを超える選手ばかりです。セッティング能力さえ求めれば後は勝手に付いてくるのが現状なのかもしれません。



セッターにセッティング能力が求められるのは、当然のことです。ですが、類い希なるセッティング能力を持ったセッターがいたとして、その選手が「並外れて低身長」であるが故に、優れた「組織的戦術」の構築に支障が生じるとすれば、それは本末転倒と言えるでしょう。何度も言いますが、卓越した「個人技術」に対抗できる、優れた「組織的戦術」を生み出すためにあるのが「分業システム」なのです。ですから、「分業システム」の意義を見失わずに世界トップレベルの戦術変遷を追いかけているチームならば、優れた組織的戦術の構築のため、セッターを大型化させているはずなのです。そうです、ヒュー・マッカーチョンがアメリカ女子ナショナルチームの監督に就任して、まず着手したのはブロックシステムをバンチ・リードブロックシステムにしたことではなく、正セッターを長身のグラスにしたことです。

日本は「平均身長が低いから」とか「実際問題、大型セッターが育ってこないから」とか、そんなのは言い訳です。現実にかつて、ゼッターランド・ヨーコ元選手がいたじゃないですか? 満永ひとみ選手はセッターをやりたがっていたじゃないですか? なぜ彼女たちが日本代表チームの正セッターを務めることが出来なかったのでしょうか?? 「1対1」の「個人勝負」では勝てないと本気で思うのなら、組織的戦術の構築は不可欠なのですから、まずセッターを、せめて「ブロックの穴にならない程度に」までは大型化することは最優先課題のはずです。「ブロックの穴にならない程度」の上背がある数人のセッターの中で、セッティング能力を重視して最も低身長のセッターが選ばれているのならば、ファンがこれだけ不満を覚えることはないでしょう。


さすがにこれだけ、「非論理的な」状況が続くと、日本全国の指導者たちも日本代表チームを反面教師としているのか? 最近は比較的大型のセッターが増えてきていると、全国の高校チームを実際に取材している知り合いから教わりました。小林敦さんが自身のブログ『排球参謀』で、このような話題を採り上げられたのも、ファンのこれだけ切実な声を、ないがしろにはするわけにはいかない、という思いからなんだろうと推測します。でも本来は、そこまで今のような「非論理的な」状況を放置していることそのものが、おかしいはずです。

セッターの件以外にも、日本の女子バレー界で素人目に不可思議な現象として恐らく、世界大会で華々しくデビューして活躍した選手が、なぜか? Vリーグで所属チームに返ると試合にすら出場しない(できない)という現象があるはずです。例えば、久光製薬の小山(ワンジョ)選手やJTの坂下選手・・・これもやはり、日本の女子バレー界で行われている「分業システム」が、その本質を履き違えて導入されていることの良い証でしょう。代表チームで不動のスタメンを務める特定の選手の果たす役割を、Vの所属チーム内で果たせるような選手が見あたらないために、その役割を免除して初めて活かせる彼女たちを使いこなせない、というのが事の真相です。

今年で言えば、江畑選手が果たして、V・チャレンジリーグの日立(佐和)リヴァーレに戻って、活躍の場があるのだろうか? と、非常に懸念します。


20年前に、本質を履き違えて「分業システム」を導入してしまった日本の男子バレー界では、導入当初は確かに、Vの各チームにそれ相応の日本人「スーパーエース」が2人ずつくらいはいたものです。それが今はどうでしょう? 手っ取り早く「スーパーエース」を生み出しても、組織的戦術の構築に支障が出ては結局は勝てないので、初心者レベルでこのシステムはあまり普及せず、気づけば日本では、オポジットの選手を選ぼうにも、V・プレミアでもオポジットの選手がほとんどいない、という状況が訪れてしまったのです。スーパーエースの役目を果たす外国人選手助っ人と契約するから悪い、という意見も出そうですが(実際、外国人廃止の声が周期的に上がります)、日本人オポジットがいないのですから外国人助っ人をオポジットに据えざるを得ない訳です。誰が悪いとかいう単純な問題ではなく、これこそが日本の男子バレー界が抱えてしまった「構造的問題」の一つです。20年間、日本のバレーボール関係者並びにマスコミ、及びファンが放置してきた「ツケ」です。


それと同じ道を日本の女子バレー界が歩んで欲しくはないですよね? そのために、私たち一人一人が何をすべきか? 何が出来るのか? それを考え続けて、そして行動し続けるのが #vabotter(ハッシュタグ ばぼったー)なのだと思います。

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10年後も20年後も恐らくはバレーボールを愛し続ける、真のバレーボールファンが試合会場を埋め尽くしてこそ、日本の勝利が「奇跡」でも「大金星」でもなくなる、真の契機になるでしょう。そしてそのためには、素人でもわかる「当たり前の論理」が、当たり前のように展開され続けていなければなりません。それが達成された時、日本のバレーボールは他のスポーツを愛するファンにも、自然に受け入れられていく環境が整っているはずです。

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