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2010年2月18日 (木)

アナリストって?!

思わず、うなってしまった・・・。

『バレーボール日和』より引用


現時点で、日本のVリーグおよび代表チームに関わるアナリストは大きくわけて以下のような仕事をしていると考えられます。

(1)まずは試合経過のオペレーション。
これは試合を見ながらパソコンに結果を打ち込み、同時にビデオ撮影もする作業のことを言います。

・・・(中略)・・・

(4)最後に、そうやって膨大な量の資料の中から選ばれたデータをもとに次の試合ではいかに戦うかと選手に戦術を伝授する作業です。

・・・(中略)・・・

この作業の中で、どこまでを監督がやるべきなのか。
どこまでがコーチの仕事なのか。
どこまでをアナリストの仕事とみなすのかは各監督&チームによって違います。


私自身、このエントリーを読んだときには、そこまで深く考えが及ばなかったのだが・・・


『Stay Foolish』にこのようなエントリーが上がった。

『Stay Foolish』より引用


ただ実は「アナリスト」という呼称を用いるのは確証はないが、日本だけである。たとえばイタリアなら「Scoutman」、アメリカなら「Technical Coordinator」という呼び方をする。「Statistitian」という国も多い。

・・・(中略)・・・

そもそも監督、コーチが(4)の仕事をしないのであれば、監督、コーチの仕事はいったい何なんだ?という疑問を持たざるをえない。


以前、「アナリスト」ならぬ、「アナリーゼ」について書いたエントリーがこちら。戦術を "analyse" するのが「アナリスト」の仕事であるけれども、オーケストラの素晴らしい演奏が生み出されるためには、各パートを奏でる各演奏者と統括する指揮者の双方が、それぞれ楽譜および総譜(スコア)を「アナリーゼ」することが欠かせないように、実際にプレーする各選手と統括するスタッフ陣の双方が戦術を「アナリーゼ」することこそ、チームが「一体となる」上で欠かせないことだと思う。

『ベリーロールな日々』より引用


テニス、卓球、バドミントンなど間にネットを挟んでラリーするスポーツでは、1回のラリーごとに数手先を読んで組み立てをするのが“常識”ですよね。

・・・(中略)・・・

バレーでも当然トライしていると思うのですが、できているチームはなかなか見当たりません。これはおそらく、バレーが団体競技で、しかも3回以内に返すという独特のルールがあるためでしょうね。

バレーの場合、先読みをしてラリーを組み立てるには、セッター・アタッカー・リベロ(とスタッフ)の全員の意思があたかも「1人の人間」であるかのように統一感を持ち、それをプレーに反映できるだけの一定の身体能力と技術水準が必要です。

レベルの低い指導者だと↑これを誤解して、選手を型にはめて思考停止させて「1体のロボット」のようなチームを作ってしまいますが、そんなものは観ていても気持ちがうすら寒くなるだけです。



『バレーボール日和』より引用


各役割の分担配分というのは、線引がとても難しいとわたしは思います。



「線引」は確かに難しいし、正解は一つではないのだろうけれど、チームが身体の面でも頭脳の面でも「一体となる」には結局のところ、「アナリスト」含めたチームの選手・スタッフ全員が、少なくとも同じ水準で「アナリーゼ」できるようになるしかないのではないか? という気がしてきた。


北京オリンピックの男子決勝戦(『北京オリンピック(男子)』のカテゴリ参照)で、アメリカとブラジルの勝敗を分けた僅かな差は、「チームとしての一体感」に尽きると思う。ヒュー・マッカーチョン監督の意図する通りに "脱・スーパーエース" を体現した全員バレー(="レゼンデバレー")を終始展開し続けながら、各局面でブロックシステムを柔軟に切り替えたアメリカに対して、セット間のベンチからの指示なしにはセットアップを修正せず、試合開始から終了までデディケートシフトを崩さなかったブラジル。さらに象徴的なことに、レゼンデ監督がライト側の攻撃をアメリカに意識させようと、オポジットの選手を目まぐるしく代えても、一番大事な場面でその監督の意図を見失って、レフトのジバに頼ったブラジル・・・選手もスタッフも「アナリスト」も含めてみんな優秀であっても、チーム全体が本当の意味で「一体となって」「1人の人間のように」なるには、逆に「線引」があってはいけないような気もしてきたのだ。監督も「アナリスト」であり、選手一人一人も「アナリスト」になれなくては、試合の各局面で相手の戦術を見ながら、戦術を選手自身が切り替えるということは出来ないはずである。少なくとも、世界の男子バレーのトップレベルは、その境地に達している。


『Stay Foolish』より引用


つまり個人的には、「アナリスト」という言葉自体、監督の無能さを宣伝しているようでどうも違和感を感じるのだ。



「アナリスト」という呼称が使われているのが日本だけ、というのが事実ならば、恐らくそれは "アメリカ型分業システム" が導入された際に日本が陥った短絡的思考・・・「各人が苦手なことは行わずに済むので手っ取り早く強化が図れる」という思考パターンが影響しているのではないか? と思う。それは、これまで何度も採り上げてきた「富士山方式」にも繋がっている。面倒な戦術の分析は「アナリスト」に任せておけばいい・・・地道な普及活動など、全日本が金メダルを取るのを待っていればいい・・・。


戦術を分析するのが「アナリスト」の仕事だが、監督もそれが出来なければお話にならない。そのためには引退する前の選手時代のうちから、世界の戦術変遷を意識して勉強する必要があるはずで、その意識があれば、このような恐ろしい光景は避けられるはずだ。

そういう意識を持ったプレーヤーを多く生み出して行くには、「富士山方式」に頼るのではなく、戦術変遷を意識できるファンを一人でも増やしていく地道な普及活動が、やはり欠かせないと思う。


p.s.: 今日は引用ばかりでスミマセン、、、。

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コメント

こんにちは。
私も市川忍さんの記事を読んでおおむね賛成だったんですが、一点だけ意見が違います。(4)の「選手に戦術を伝達」とあるのは「監督・コーチに戦術を提示」ではないかと。判断を下すのはあくまで監督だという立場です。

アナリストの役割はチームの意思決定のサポートだと思ってます。日本の現状では、選手のほうが監督やコーチより戦略・戦術への意識や理解が高いケースがあり、選手とアナリストが直結して意思決定をしてしまうことがあるようですが、これは過渡期に見られる混乱ではないかと。アナリストは「判断」をしないことこそが存在意義で、そこに関して職業意識を高く持ち、いかなる状況でも分析に徹するべきなんだと思います。

一方、監督は「判断」が仕事のすべてで、あらゆるプロセスは試合中の「判断」につなげるためのものだと思います。

ただ、スタイルはそれこそ千差万別で、プロ野球で言うと、長嶋監督タイプもいれば野村監督タイプもいますよね。

長嶋監督は「判断」の部分で超人的なカリスマ性を発揮した人ですが、戦略・戦術に関してはさっぱりわからないのではないかと思えるぐらい独自の世界にいましたよね(笑)。そのために、周囲の優秀なスタッフが総力を挙げて支えるスタイルだったと記憶しています。

そういうスタイルでも、長嶋監督の普段からの言動・行動がすべて試合中の「判断」のカリスマ性につながっていたために、あれだけの結果が残せたんだろうなと。

野村監督は正反対で、自分で徹底的に分析し、理論化し、それを言葉で伝達できる学究肌。その結果、「判断」に重みが生まれるスタイルでした。

とはいえ、監督・コーチ・選手も含めたチーム全員がアナリストとしての素養を身につけておくべきですよね。そうすることで、専門家であるアナリストが持ってくる情報の理解度が高まるのだと思います。

投稿: rio | 2010年2月18日 (木) 23時19分

>rioさん

こんばんは。いつもありがとうございます。


>(4)の「選手に戦術を伝達」とあるのは「監督・コーチに戦術を提示」ではないかと。

うーーん、確かに。これも言われてみればそうですねぇ。なんか、市川忍さんのブログを読んでる時に、自分が如何になんにも考えてなかったのか・・・と思えてきて、情けないです(苦笑)。


>選手のほうが監督やコーチより戦略・戦術への意識や理解が高いケースがあり、選手とアナリストが直結して意思決定をしてしまうことがあるようですが

えぇぇ、そういうケースが日本では一般的なんですか? 本当ならちょっとビックリします。私のイメージでは、選手がまるっきし戦略・戦術意識が低いという印象なんですけど、ひょっとしてそれよりさらに監督の意識が低いという、低次元の争いなんでしょうか・・・そうだとしたら残念無念ですね。


さらに言えば、アナリストは「判断」をするべきじゃないですけれど、日本のアナリストって、そもそも「判断」できる程の深い戦術理解を持っているようにも思えないんですよね・・・。海外のアナリストに比べて、若すぎませんか?

誰もが「分析」も「判断」も出来るけれど、それぞれの役割に徹するというのがあるべき姿でしょうが、現実の日本では、実は「分析」も「判断」も誰もやっていないというか、出来ないのでお互いに役割を押しつけあっているというか・・・そんな気がしてなりません。

投稿: T.w | 2010年3月 3日 (水) 23時33分

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