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2009年12月31日 (木)

JVS vol.11 No.1 May 2009より

恐らく今年最後のエントリーとなるでしょう。
まず初めに、今年も1年間当ブログをご覧頂いて、ありがとうございました。

振り返ってみて、今年はあまりおちゃらけた内容が(例年にも増して)少なかったような気が、、、そこが反省点ですかねぇ。但し、当ブログの場合、おちゃらけた内容だとあんまり反応がないのが残念ですが(苦笑)。来年は明るい話題を多く取り上げられたらいいなと思っています。

で、結局、最後もまじめな話題になりそうですが、、、。


もう届いて久しい「JSVR バレーボール学会」の機関誌(JVS Vol.11 No.1 May 2009)の中から、一つ取り上げたい論文があるので紹介したい。

タイトルは『バレーボール男子世界トップレベルチームの戦術プレーに関する研究』。正直言うと、中身は大したことはない。なぜなら、研究の目的として掲げられているのが「専門のアナリストがいなくても簡単に相手チームのスカウティングが出来るためのソフトを開発すること」にあるようで、従って世界トップレベルチームの戦術「そのもの」を如何に「深く洞察するか?」ということは主眼にはなかったからである。相手チームの戦術を簡便にデータ化するというための方法論が提示されている、といった雰囲気の内容である。ただ、そこで出てくる「データ化」の一つとして挙がっているものに、注目せずにはおれなかった・・・それは両サイドへの平行トスの「トスボール高」、即ち、いつも当ブログで書いてきた「トスされたボールが描く放物線軌道の『頂点』」の「鉛直方向の距離」を、あるプログラムを用いて算出していたのである。

分析に用いられたのが、2006年に日本で開催された世界バレー男子の予選ラウンドでのブラジル対イタリア戦。この試合での両チームのセッターが上げたトスについて、表1のようなデータがはじき出されている。

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これは興味深いデータだというか、これまでテレビや会場での観戦を通して確信してきたことを証明してくれるデータだと思って見ていたのだが、悲しいかなこの論文での考察は・・・



「イタリアのトスボール最高値は、各アタックにおいてブラジルよりも約19cmから38cm高くなっている。金ほか(1998)の先行研究で報告されているイタリアチームのトスボール最高値は、クイックが平均3.26m、パイプ攻撃に相当する時間差が平均4.23m、レフトサイドに相当する平行が4.36m、ライトサイドに相当するバックアタックが4.38mである。本研究のトスボール最高値は金ほかの値よりも低く、特にブラジルチームのパイプ攻撃では65cm、レフトサイドで53cm、ライトサイドで56cmも低い」

で終わってしまっている、、、。



これは「考察」じゃぁなくて、ただの「事実」を述べてるだけ! である。




ブラジルの「トスボール最高値」がイタリアのそれよりも随分低いのに、レフトサイド及びライトサイドの攻撃において、「スパイク打点高」がほとんど変わらないのはなぜか?・・・そこに踏み込まなければ本質は見えてはこない。

もちろん、皆さんはその答えはもうわかってらっしゃることでしょう。
そう、ブラジルとイタリアのトスの違いは、放物線軌道の『頂点』、この論文で言うところの「トスボール最高値」をとる瞬間に、ボールが水平方向においてどの位置にあるのか? の違いである。その点を言及しなければ、「トスボール最高値」が「低い」ことばかりが注目され、ややもすれば「トスボール最高値」が「低く」て、かつ「スパイク打点高」も「低く」なるトスが優れている、という誤解を生み出しかねない、というか、既にそういう誤解が先に広まっていて、そのせいで「考察」が上記の内容で留まってしまっている、と言えるかもしれない。


先日、金岡での堺のホームゲーム(パナソニック-堺・JT-東レ)を観戦してきたが、ようやく、少なくとも男子バレー界においては、その誤解が解け始めているかもしれないと感じることが出来た・・・パナソニックの宇佐美・堺の金井・東レの阿部各セッターは、少なくとも「高くて早いトス」をきちんと理解しているはずだ。

来年こそは日本のバレー界全体に、その理解が浸透することを祈りつつ、それでは皆様よいお年を!

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2009年12月20日 (日)

『サバイバー 名将アリー・セリンジャーと日本バレーボールの悲劇』

もう1年以上前に注文して手に入れていたが、少しずつ、本当に少しずつ読んでようやく、最後まで読み切った。アリー・セリンジャー、、、彼のバレーに関わる内容が読みたいからこそ購入した訳だが、この本はその大半のページが彼の幼少時代・・・ユダヤ人として産まれ、ナチスのホロコースト政策に翻弄された数奇な運命を辿りながら、まさに"サバイバー"として如何にして生き抜いていったのか?・・・彼の証言を元にしつつも、その検証が各種文献等を頼りに行われ、作者の吉井氏自身が現地を渡り歩くことで生々しく描写される惨劇的歴史の数々に割かれており、バレーの内容が出てくるところまで、一気に読むには余りにも辛すぎる内容だったからである。

しかしそういった、一見すると彼のバレー人生とは何の関係もないと思える"サバイバー"時代の体験こそが、その後の彼のバレー人生にとって大きな影響を与えていたのだということが、彼のバレースタイルを理解している人間ほど、読み進むうちに感じずにはいられなくなる、、、そういう意図をもって書かれた本であることに気づかされた。


『サバイバー 名将アリー・セリンジャーと日本バレーボールの悲劇』より引用

「ダイエーで10年、東北パイオニアで5年、チームを優勝させながら15年間チャンスを待ちました。でもこれは、僕の人生の大きな判断ミスでした。・・・(中略)・・・日本に15年間も滞在することになったもう一つの大きな要因は、選手たちの存在です。彼女たちが僕にやる気を起こさせ続けてくれたんです。僕は、選手たちに恵まれて本当に幸せでした」

米国、オランダ、日本と舞台が変わっても、セリンジャーの座標軸はぶれることがなかった。協会や権力、組織には牙を向けるものの、選手の人権や環境は命がけで守ろうとした。


彼にとって、日本バレー界というのは、ある意味ナチス・ドイツと同じ存在であったのではないかと感じる。ヒトラーが唱えた「アーリア人が人種的に優れている」という歪んだ優性思想が、ユダヤ人迫害に繋がり、結果的にホロコーストという『悲劇』を招いたわけだが、日本バレー界における「(かつて金メダルを取った)日本の(従来の)バレースタイルがバレー戦術として優れている」という歪んだ認識が、物理学や医学などの科学的理論に裏打ちされた彼のバレー理論を認めない姿勢に繋がり、結果的として日本バレー界はアリー・セリンジャーという偉大な指導者を失うという『悲劇』を招いた、と言っても過言ではなかろう。この本を読んで彼が、パイオニアレッドウイングスを名実とも日本一のチームにするという結果を残すことで、日本バレー界がその歪んだ思想を改め、世界で名将・知将の名を恣にしている彼が日本のナショナルチームを率いることを認める日が、いつの日か訪れることを最後まで諦めずに待ち望んでいたのだということを知り、今更ながら、日本のバレー界の結末が『悲劇』の一言で片づけられてしまわないために、微力ながらにやらなければならないことがあると、改めて心に強く感じたのだ。


東九州龍谷高、「最後まで立ち向かった」(MSN産経ニュース)

男子のブラジル代表を理想とする東龍は第1セットから、速いトス回しで相手の高いブロックを避ける高速コンビバレーを披露。

・・・(中略)・・・

日本代表が目指す速く正確なバレーを体現し、今年は春高バレー、高校総体、国体の3冠を獲得した。

・・・(中略)・・・

史上初の高校生4強という新たな歴史を築いた選手たちは、誇りを胸にプレミアリーグの道へ進む。


高校生チームがベスト4入りを果たすという輝かしい快挙の歴史が、本当の『悲劇』の始まりにならないためには、(東龍の関係者が実際に語っているのか? はたまたマスコミ関係者が勝手に思い込んでいるのか? 不明だが)『男子のブラジル代表を理想とする』とされる東龍のバレースタイルが、『日本代表が目指す早く正確なバレーを体現』している一方で、その実『男子のブラジル代表』のバレースタイル(レゼンデバレー)の本質とは、全く異質のものであるという認識を、世間に広く浸透させていく必要があるはずだ。そうでなければ、物事の本質を誤解したまま『誇りを胸にプレミアリーグへ』進まれてしまっては、V・プレミアリーグは本当に壊滅してしまいかねない。東龍のバレーに「越えられない壁」として立ちはだかってくれたのが、「今の」パイオニアではなかったというのが、チームのサポーターとしては残念でならないが、その代わりを見事に果たしてくれたのが、久光製薬の先野選手・・・アリー・セリンジャーの精神を受け継ぐ数少ない現役選手の1人だったというのも、ただの偶然ではあるまい。


『ベリーロールな日々』から引用

こんな感じで、今季Vリーグの暫定2位とは思えない戦いっぷりだったわけですが、第1セットから一人、気を吐いていたのが先野。東龍のプッシュかアタックかよくわからないようなクイックに対し、見せつけるかのように床に叩きつけるクイックを連発。しかも右に左に真ん中にと空中で身体をひねって打ち分け、2枚ブロックがついてもお構いなしの個人技を見せてくれました。

・・・(中略)・・・

↑これは感動的でした。相手が高校生でも(というより、高校生だからこそ)、自分の持っている最高のものを惜しげもなく繰り出していく。それが、自分たちのためだけでなく相手のためでもあるというプレー。ここまで勝ちあがってきた東龍には、「その程度じゃ私たちには通用しないよ!」というところを見せてあげるのが一番の“ごほうび”になるはずで、それを第1セットから意識的にやっていた(ように見えた)のは先野だけでした。


『サバイバー 名将アリー・セリンジャーと日本バレーボールの悲劇』と、前回紹介した『ブラジルバレーを最強にした「人」と「システム」』の2冊を平行して読めば、『男子のブラジル代表』のバレースタイル(レゼンデバレー)の基礎が、日本バレー界で排除され続けてきた「セリンジャーバレー」にあるという「歴史的真実」に気づかされるはずである。

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