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2009年9月27日 (日)

"レセプション"と"ディグ"改め、"レセプション"より"ディグ"

前々回のエントリーで、「サーブレシーブ」をレセプションへと言い換えることには本質的意味がない、と述べた。むしろディグ "dig" という用語を浸透させるべきだと考えているのだが、そう考えるに至ったきっかけが実はある。

レゼンデバレー(第2章)- アメリカ型分業システムの進化版

'84年ロサンゼルス・'88年ソウルとオリンピック2連覇を成し遂げた、アメリカ男子ナショナルチームが編み出した2人レセプションシステムによって、'90年代前半に「レフト=レセプション専門・センター=ブロック専門・オポジット=攻撃専門(=スーパーエース)」という、究極的な「分業システム」が加速したわけだが、その「分業システム」がレフト以外に配される選手に与えた免罪符は、「レセプションをしなくてよい」というものであったはずである。ところが、なぜか? 日本では「レセプションだけでなく、ディグをも含めたレシーブ全般を免除された」かのように扱われた歴史的事実があり、その象徴として'90年代後半に全日本男子が「バンチ・リードブロックシステム」を採り入れる課程で、そのブロック戦術と切り離せないはずの「トランジションのシステム」即ち、セッターがファーストタッチを行った場面で前衛のセンタープレーヤー(middle blocker)がセットアップを行う、というシステム作りに年単位の時間を要する結果に繋がり、それが世界のトップレベルから更に置いて行かれる契機となってしまったのを、当時私は、黙って見ている他なかった。

あの時、もし「レシーブ」という概念が、レセプションディグの2つに分けて認識されていたなら、、、あるいは、単に「レシーブ」と言えばそれだけでサーブレシーブないしレセプションの意味と理解され、それ以外の守備に関わるプレー、即ちディグのことは意味しないと理解されていたならば、アメリカ型「分業システム」を採り入れる課程で、レフト以外に配される選手が「レシーブ全般を免除された」かのように扱われることは防げたのではないか? という気がしてならないのである。

「レシーブ "receive"」という、本来はサーブ "serve/service" と対をなすが故に「相手のサーブを『レシーブ』する」というプレーしか表現しえないはずの言葉が、守備に関わるプレー「全般」を意味する言葉(用語)として定着してしまっている日本の現状としては、「サーブレシーブ(レセプション)偏重主義」がまかり通ってしまう傾向が強いのも無理はない。だからこそ、ディグという用語を如何に浸透させていくか? がレセプションという用語を用いることよりも、はるかに重要だと思う。全日本女子が「バンチ・リードブロックシステム」を本格的に採り入れようとし始めた今だからこそ、男子の時と同じ過ちは繰り返してはならないと真剣に思っているのだ。

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2009年9月24日 (木)

突然ですが・・・SunGAIAを応援します!

もうずいぶん前のことになってしまったのだが、、、『土曜スポーツタイム』で、加藤陽一選手のつくばユナイテッド SunGAIAへの移籍の件が特集されていたのを見て決めた・・・。

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/volley/text/200907310004-spnavi.html

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2009年9月21日 (月)

「バンチリード」・・・言葉だけが一人歩き・・・(その3)

『area71』より引用


 日本語でのバレーボール専門用語の貧弱さ、 状態を説明しきれないことにもどかしく思われることはありませんか?


 そして、外来語をさもあらんと使っているコーチの方々をみて私は、何だか“ルー大柴”や“長嶋茂雄”のように感じてしまう私は失礼でしょうか?


開設以来ずっと、難しい英語の専門用語を振りかざしまくってきた当ブログだが、決して「専門用語を押しつける」つもりは毛頭ない。ただの1ファンでしかない私でも、日本のバレー界にとって何か出来ることはないか? と考えたときに、バレーの戦術に関わる用語の意味するところを深く掘り下げて考えていくことによって、日本のバレーボールの進むべき道が見えてくる可能性があるのではないか? と思っているのだ。


『日本(だけではないが)のサッカーについて私も言いたい』より引用


もう一つつまらないというか「どうでもいいですよ」と言いたくなることですが、先日のVプレミアの決勝で植田監督の解説でやや気になったことがあります。

これについては他の方も言及してらっしゃいますが、「今は外国ではサーブ・レシーブとは言いません、レセプションと言います」という言葉です。

自分はバレーの専門家ではなくど素人ですし、第一こういう言い方はあまり好きではないので、自分もそういうことは言いたくないのですが、たとえば下の三つのリンクなどを見ていただければ少なくとも「今は外国ではサーブ・レシーブとは言わない」というのは間違いであるということはわかっていただけると思います。



確かに「外国ではレセプションと言う」のは事実であるが、それをファンや指導者・プレーヤーに強要したところで、何も産まれないと思う。本質は、日本で「レシーブ」という言葉(概念)が、守備に関わるプレー「全て」を意味するのに対して、海外(少なくともアメリカ)では、"receive"(あるいはその名詞形である "reception")が、相手のサーブを「レシーブする」こと「のみ」を意味するという点だ。つまり、"receive"(レシーブ)であっても "reception"(レセプション)であっても、それは文法的に「動詞」である "receive" と「名詞」である "reception" の違いしかなく、実際的にはどちらを使おうが誤解も何も生じないのだ。従って、むしろファンや指導者・プレーヤーに伝えるべき点は「今は外国ではスパイク・レシーブとは言いません、ディグと言います」という事実であろう。恐らく海外では、いわゆる「サーブレシーブ」とそれ以外の守備に関わるプレー・・・特に「スパイクレシーブ」を、別々の概念として捉えているのだろうと推測できる。言語学的に解釈すれば恐らく、サーブ "serve"(名詞形は "service")と対をなすものが "receive/reception" であって、スパイク "spike" と "receive/reception" は対をなさないから、ということになるのであろうが、そんな理解では英語圏の文化理解には繋がっても、バレーボールというスポーツにおいて、ファンや指導者・プレーヤーに役に立つ解釈法ではないだろう。これは私個人の勝手な解釈だが、きちんとセッターへ返して「当たり前」と考えられるプレーこそが "receive/reception" であって、「スパイクレシーブ」のように「はじかれて当たり前」で、真上にさえ上げれば「OK」、きちんとセッターへ返せば「出来過ぎ」と考えられるプレーは "receive/reception" ではないから、という捉え方をすればどうだろう? そのようなものの考え方・捉え方をすれば、きちんとセッターへ返せば「出来過ぎ」と考えられるディグを、如何にして「当たり前」に近づけるか? という点がチーム強化のための重要な鍵となる、という発想に繋がるのではないだろうか? 「奇跡的な」ディグへのはかない希望などきっぱり捨て去って、組織的なブロックシステムとディグの連携を図ることで「当たり前に」ディグを上げる確率を高めるという、海外勢のチーム強化方針に直結していくのではないだろうか?


他にも例えば、「リバウンドを取る」というプレー表現があるが、現在の日本ではこの言葉を聞いた人は十中八九、「アタッカーが敢えて強打をせずに、相手チームのブロッカーの手に緩くボールを当てて、自チームのコート内へボールが返ってくるようにする」プレーを思い浮かべるであろう。つまり、日本では「リバウンド」という言葉(用語)は「アタッカー目線」の言葉として使われていると言える。しかし、バレーの国際大会における技術集計システムである "VIS"(Volleyball Information System)で定められたスコアリングシステムを見ていると、ブロックの記録の中に "rebound" という言葉(用語)が登場する。そこから「リバウンド "rebound"」という言葉(用語)は、恐らく本来は「ブロックに当たった後にラリーが継続すること」という意味で「しか」ないのであろうことが推測できる。ひょっとすると海外では「リバウンド "rebound" を取る」という表現は、日本とはまるで逆に、「ブロッカーが相手チームのアタッカーの繰り出した強打に対してワンタッチを取る」という「ブロッカー目線」の言葉として使われている可能性もありうるだろう。いや、たとえ海外でそういう意味で使われていなかったとしても、私個人としては(その2)で書いた「バンチ・リードブロックシステムが目指すところは、ワンタッチを確実に取って直後のトランジションでの攻撃で得点を取りに行くことだ」という意識付けのためにも、是非とも「リバウンドを取る」という表現を「ブロッカー目線」の言葉に変えたいと思い始めている。以前『"コンビバレー"という言葉は消し去ろう!』というエントリーを書いたが、それもまさに意図するところは同じであって、言葉(用語)はそれとして客観的な意味があるだろうが、それをどう使っていくか? あるいは如何に使わないようにするか? あるいは変えていくか? それによって、バレー界の底辺からでも、トップレベルの進む道を誘導していける可能性があると思うのだ。


そのために、せっかく急増している戦術を語れるファンの皆様と、是非有意義に議論が出来たら素晴らしいと思っている。以下に、これまで紹介していなかった、新しい「戦術を語る」ブログを紹介しておきたい。


・参考記事(その1):『Stay Foolish』VISについてまとめてみる
・参考記事(その2):『歩観n普及』ポジションの名前

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