« 黒鷲旗雑感(その1) | トップページ | 黒鷲旗雑感(その3) »

2009年5月24日 (日)

黒鷲旗雑感(その2)


Dsc00035_2

今年の黒鷲旗女子準決勝の久光製薬対NEC戦でのワンシーン。写真がぶれていて大変もうしわけないのだが・・・この写真をなぜ撮ったのか? おわかりになる方はいらっしゃるだろうか?







この写真のシーンがそうであるように、最近の女子バレー界においては、センターブロッカーとして低身長のセッターが跳ぶ形になるシーンが目立つのだ。


なぜ? このような状況が生じるのだろうか? 一つの理由として、日本の女子バレー界ではセンタープレーヤーのワンレッグ攻撃の出現頻度が極めて高いことが挙がる。特に、セッターが前衛の場面では、センタープレーヤーはワンレッグ攻撃のオンパレードということも珍しくない(スーパーエース的なオポジットが少ない日本の女子バレー界では、セッターが前衛の場面で後衛のオポジットの選手のライトからのバックアタックの出現頻度が極めて少ないためである)。その攻撃が決まらなかった場合、トランジションでの相手チームの攻撃に対して、ワンレッグ攻撃を打ったがためにセンタープレーヤーがライト側に、そしてセッターがセンター側に位置することになり、結果的に写真のような状況が生じやすいのだ。

で、相手チームのブロック陣型がこのような形となった場合、どう攻めるべきであろうか? そう、当たり前だが、センターから速攻で切り返すべきである。ところが、ほとんどの場面でそのようなトランジションの攻撃は見られない・・・、ほとんどの場面でセッターの手からは、両サイドへの平行トス(やワンレッグ攻撃へのトス)が繰り出される・・・。本来なら、低身長のセッターがセンターブロッカーを務める形になるのは、ブロックシステム上で極めて不都合であるはずなのだが、実際に出現する相手チームの攻撃がほとんど両サイドの攻撃であるために、セッターがセンターに「取り残され」て、両サイドのブロッカーが「スプレッドで構える」方が、むしろ好都合とも呼べる状況なのだ。そのため、ブロック陣型がこの写真のシーンの様になっても、すぐにセッターとセンタープレーヤーが入れ替わって、本来のブロック陣型へ戻そうと積極的に行動したりは決してしない。実際、トヨタ車体やNEC・JTなどは、上述のようにセンタープレーヤーがワンレッグ攻撃を行った直後だからという理由でなく、戦略として敢えて低身長のセッターにセンターブロッカーを務めさせてスプレッドで構えるという場面がしばしば見受けられる。こうした傾向は、特に昨シーズンあたりから顕著になってきた気がする・・・日本の女子バレー界における、センタープレーヤーの人材不足と連動する問題点という気がしてならない。


世界のトップレベルのバレー戦術の潮流は、男子がそうであるように「相手チームにバンチ・リードブロックを採らせないために、両サイドのファーストテンポ攻撃を多用して相手ブロッカー陣をスプレッドで構えさせておいて、そしてセンターからの速攻やファーストテンポ・パイプ攻撃で点数を稼ぐ」というものであり、「スプレッドで構えさせられる」というのは「相手の術中にハマってしまった」ことを意味する。ところが、日本の女子バレー界では、「スプレッドで構えさせられ」たとしても相手チームはその弱点を突くことも出来ず、逆に「弱点を突けない」からこそ、敢えて「スプレッドで構える」という戦略が採られる位に、攻撃が両サイドの「はやい」攻撃しかない状況なのである。日本国内のトップレベルであるはずのV・プレミアチーム同士の対決ですらこのような状況であり、そこで半年間も戦って、そのままの感覚で世界の舞台に行って戦おうものなら、当然のことながら嘲笑うかのように「高くて早い」速攻を決められて終わるだけだ。

今年の黒鷲旗のスタンドでボーッと女子の試合を見ていて一番感じたのが、上述の日本の女子バレー界の問題点であり、そのいい縮図が東九州龍谷高校の近年の活躍ぶりだと感じる。確かに高校生レベルで、ディグを中心としてあれだけの高い技術レベルをものにしているのは、とてもすばらしいことだと思う。しかし、ああいう戦略を採れば今の日本の女子バレー界では「手っ取り早く」通用する、ということが露わになっているだけという気もする。そう言えば、『ベリーロールな日々』でも、今年の春高の決勝を見ての、同じような感想が書かれていた。

『ベリーロールな日々』より引用

そんなわけで、東龍の強さが目立った試合だったのですが、リベンジに燃える古川のアドバンテージを探すとすれば、その第1は「体格」だと思います。東龍は典型的な”日本人タイプ”を集めている印象で、速い・うまい・細い。東龍の監督いわく「故障している選手も多い」のだとか。一方、古川の選手たちはみんな、よりアスリート体型に近い印象。とくに上半身がしっかりしていました。

なので、春高の枠を超えて考えた場合、どっちの選手がのびていくのかは、なんとも言えないように思います。

東九州龍谷高校(東龍)があのような両サイドの「低くて早い」攻撃をバレースタイルとして採用しているのには間違いなく、ここ10数年来の全日本女子のバレースタイル、ひいてはここ最近の日本国内での女子バレー界におけるバレースタイルが影響していると言っていい。そして今度は、日本全国の中高生そしてその指導者達が、東龍のバレースタイルを模範として日々練習に励んでいくはずだ・・・。近年、日本の男子バレー界が、特に大学勢が率先して世界のトップレベルの戦術を採り入れ(リベロがセカンドセッターとしてアタックラインを見つつその手前で踏み切ってオーバーパスを上げる戦術は、大学勢からV・プレミアチームに浸透していった)、トップレベルに限らず下位レベルにまで渡って、世界の潮流に乗っていこうとしているのとは対照的に、日本の女子バレー界が「女子バレーの男子化」という潮流に大きく乗り遅れつつある状況を目にして、(パイオニアの吉田監督の迷走ぶりも相俟って・・・そう言えば、パイオニアが東龍戦で1セットを奪われる主要因となってしまったスタメンセッターのサツキも東龍出身だ・・・)絶望的な気分になりそうな今年の黒鷲旗だった・・・。

|

« 黒鷲旗雑感(その1) | トップページ | 黒鷲旗雑感(その3) »

コメント

こんにちは。

引用ありがとうございます。
東龍のレベルの高さには素直に敬意を表するところなんですが、世界を見据えたときに、「春高優勝!」という実績になるのか、「春高どまり…orz」となってしまうのか、そもそもそういう視点があるのかどうかも含めて、気になるところです。

セッターとセンターのスイッチの件、柳本体制下での全日本のマネでしょうか。私の記憶が正しければ、ブラジルのフォフォンも08年にはスイッチで跳んでいる試合があったような気がします(間違っていたらすみません)。

投稿: rio | 2009年5月30日 (土) 12時15分

 中央のブロックを空ける(空けざるを得ない)戦法と、たとえ失点しても派手なディグにトライしさえすれば言い訳になるかのような風潮(って、ないですか?)とは、どこかでつながっているような・・・?
 以前area71さんをお訪ねしたとき、少年層へのスポーツ指導の難しさについて考えさせられたことがあります。少年層への指導者の方々は、目前の勝利のための指導と将来のための指導とでジレンマに苦しむ場合があるようですね。特にわが国では、学校や親の意識は「目前の勝利」に偏りがちであるし、野球の甲子園大会や春高バレーなど高校生のスポーツ大会がビジネスになってしまっていることもあり、「将来のための指導」が評価されにくい状況にあると思われます。はっきり言ってしまえば、学校や親御さんの求めるものは「将来のトップ選手として、しっかりしたプレーができるようにすること」ではないんじゃないでしょうか。
 それに対し、南米あたりの少年サッカー指導者の話などを読むと、指導している少年チームがたとえ全国大会で優勝しても、それ自体は嬉しいことでも何でもなく、本当に誇らしくてまた評価されるのは、指導した少年選手の中からトッププロに育つ者が現れることなのだ、と。そして、そういうところの親御さんたちは、たとえ試合で得点したり勝利したりしても、それがイージーだった場合には「それでは練習にならないぞ」と声を飛ばすこともあるとか。みながみなプロ選手にはなれないことはわかっていても、スポーツに興じているときにはトッププロに憧れ、それを目指してプレーする風潮が根付いているのでしょうね。そのように全体的な目標が同じなら、たとえ年代ごとに指導者が代わったとしても、育成方針が大きくブレることはなさそうに思います。
 そういうところも、いわゆる俗に言う「スポーツが文化として根付いている」かどうかの差なのかも知れないなー、と。

投稿: one of No.33 | 2009年5月31日 (日) 18時10分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/105977/45117804

この記事へのトラックバック一覧です: 黒鷲旗雑感(その2):

« 黒鷲旗雑感(その1) | トップページ | 黒鷲旗雑感(その3) »