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2008年12月14日 (日)

"スピード"ではなく"テンポ"(その3)

(その1)・(その2)は、「"スピード"ではなく"テンポ"」のカテゴリからご覧下さい。


以前から何度も説明してきた「高くて早いトス」。

本質はセッターのセットアップ位置の高さによるのではなく、「トスの頂点」と「アタッカーのスパイクヒットポイント」が「一致すること」であり、要するにトスが描く放物線軌道の問題である。この本質を理解していなければ、セットアップ位置がただ高くなっただけでは決して「高くて早い」攻撃は構築されない。

では、セットアップ位置が高くなった場合に、"スピード"ではなく"テンポ"という面で、果たしてどんなメリットがあるのか?

ここで誤解されやすいのは「セットアップ位置が高い方がアタッカーのスパイクヒット位置に近くなる」という考え方である。これまで説明してきた両サイドの平行トス、すなわちセッターとアタッカーのスロット位置が大きく離れている(=水平距離がかなりある)場合には、セットアップ位置が垂直方向に20〜30cmほど離れていても、スパイクヒット位置までの距離は誤差範囲となる。セットアップ位置が高くなることでアタッカーのスパイクヒット位置に有意に近くなりうるのは、Aクイック(11攻撃)のようにセッターとアタッカーとのスロット位置が近接する(=水平距離がほとんどない)攻撃においてであるが、この場合もトスが描く放物線軌道の頂点でアタッカーがスパイクヒットを行う場合には、(その1)で書いた物理学の数式から導き出される「トスの高さはセットアップされるトスの垂直方向の速度の2乗に比例する」という事実により、セットアップ位置が低いほど必然的にトスの垂直方向のスピードは速くなるため、セットアップ位置が高いほどスパイクヒット位置まで到達する時間が早いとは言えない。

ここで「高くて早い」トスとは?(その1)で書いた前提をおさらいする。両サイドの平行トスにおいて、「セットアップ位置」と「スパイクヒット位置」の2点を結ぶ「直線」に限りなく近い軌道を描くトスを上げようと思えば、トスの描く放物線軌道の「頂点」を限りなくコート外遠方に設定しなければならず、そのようなトスを実際に上げれば、アタッカーは間違いなくスパイクを上手くヒットできない。要するに、スパイクヒットの瞬間にボールに垂直方向上向きの速度が存在する場合、平行トスではスパイクヒットは困難であり、従って理想的なファースト・テンポの平行トスは、スパイクヒットの瞬間はボールが垂直方向の速度がゼロとなるように、即ち放物線軌道の頂点を通過することになる。しかし、Aクイック(11攻撃)のようにセッターとアタッカーのスロット位置が近接する場合は、トスが放物線軌道の頂点に達するよりも前にスパイクヒットを行うことが可能である(だから私は(その2)でファースト・テンポを「トスされたボールが、『放物線軌道の頂点に到達する前か』、頂点付近を通過するところでスパイクヒットを行う攻撃」と定義した)。そうなると「セットアップ位置が高いほどスパイクヒット位置まで到達する時間が早いとは言えない」という大前提が、初めてここで崩れ去る。

ここで新たな用語を定義したい。『セリンジャーのパワーバレーボール』に登場し、その概念の解釈に時間を要している用語としてマイナス・テンポがある。area71さんがご覧になっていたら、ひょっとしたら「間違ってる!」と言われてしまうかもしれないが、、、敢えて思い切って私なりに到達した解釈を書かせてもらう。マイナス・テンポの攻撃とは「トスされたボールが『放物線軌道の頂点に到達する前に』スパイクヒットを行う攻撃」と定義できるのではないかと思う。このようにマイナス・テンポの攻撃を定義する以上、ファースト・テンポの攻撃は「トスされたボールが『放物線軌道の頂点付近を通過するところで』スパイクヒットを行う攻撃」と定義しなおしておく必要があるだろう。マイナス・テンポの攻撃においては、トスがスパイクされなければ描くはずの放物線軌道の頂点を意識しなくてよいため、単純明快に、セットアップ位置とスパイクヒット位置が近いほど、テンポが早くなる。

ところが、マイナス・テンポの攻撃には、別の問題が生じる。トスされたボールが「放物線軌道の頂点に到達する前に」スパイクヒットを行うため、「放物線軌道の頂点に達する前の『どのタイミング』で」スパイクヒットするか? アタッカーにゆだねられる。ファースト・テンポの攻撃は、トスの描く放物線軌道の頂点付近でスパイクヒットを行うために、スパイクヒット位置の垂直方向の高さはトスに100%左右される。しかし、マイナス・テンポの攻撃では、スパイクヒット位置の垂直方向の高さをアタッカー自身が(100%ではないにせよ)多少なりとも変えることが出来るわけである。ここで「セットアップ位置とスパイクヒット位置が近いほど、テンポが早くなる」という直感的感覚が災いすると、時にアタッカーが、自身の最高到達点よりも随分低い高さでスパイクヒットを行ってしまうケースが考えられる(V・プレミアなどでも、速攻がネットに引っかかるシーンをよく見かけるはずだ)。そのケースではセットアップ位置とスパイクヒット位置は確かに近くなるため、テンポは早くなるが、当然スパイクヒットの高さがそのアタッカーの本来の高さでなくなる分、相手ブロッカーにとっても、より少ない時間でそのスパイクヒットの高さまで手が上がる可能性を与えてしまう。

ある1人のアタッカーがセッターと近接するスロットで速攻を打つ場合に、セッターのセットアップ位置が高くなることで短くなるのは、その「セットアップ位置」とそのアタッカーの「スパイクヒット位置」との距離ではなく、そのアタッカーの「最高到達点」との距離である。「スパイクヒット位置」を多少アタッカー自身が変える余地が残されているマイナス・テンポの攻撃においては、「セットアップ位置」が高いほど、そのアタッカーが変えることの出来る「スパイクヒット位置」の最低位置を押し上げることになるため、同じテンポ、即ち「セットアップ位置」と「スパイクヒット位置」との差が同じであっても、そのスパイクヒット位置の絶対値はより高値であり、かつそのアタッカーの「最高到達点」に、より近くなり、結果的に相手ブロッカーにとって、そのスパイクヒットの高さまで手が上がるまでの時間を、より必要とさせることになる。


従って、セッターのセットアップ位置が高いことによって生じるメリットの1点目は「アタッカーとセッターが近接するスロットで行うマイナス・テンポの攻撃」にある、と言っていい。これが「高くて早い」速攻である。

・参考記事(その1):『area71』単脚背快 中国の王怡選手のアタック
・参考記事(その2):『area71』全日本女子 対 ドイツ 第2戦目

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コメント

こんにちは。

文系アタマの私の脳の中に鳴門のうずしおが…orzなんとかついていこうと、必死で整理してみました。

えっと、T.wさんのマイナステンポの定義は、
>トスされたボールが『放物線軌道の頂点に到達する前に』スパイクヒットを行う攻撃

area 71さんは、
>王はサーブレシーブのボールがまだ空中にある状態で動き出しています。パスより早く動き出すテンポは1stテンポより速いマイナステンポと呼ばれるものです。

とされているんですよね。

この2つの定義と、お2人の記事から導き出されるのは、「パスよりも早く動き出す」のがマイナステンポで、マイナステンポは相手ブロッカーを振るための行為、そして、マイナステンポ攻撃の結果の一つが「トスの頂点の前にスパイクヒットをする」ことである、という感じなのかなあと。

トスの頂点の前にアタックするには、必然的に、セッターにボールが返る前に動き出しておく必要があるように思います。

仮に、センターがセッターの真横にじっと立っていて、スタンディングでトスのあがりっぱなを打った場合、T.wさんの定義ではそれも「マイナステンポ」に含まれてしまう恐れがあるのでは。

英語(というかイタリア語)のTempoの原義は、「事柄が起きる速さ」なんだそうです。

「起きている」ことや「起こった後」の速さはspeedで、「起きる瞬間」までの間隔の速さがtempoなんだろうと理解しています。

バレーの場合、サーブの笛・攻撃者が位置につく・セッターが攻撃者を選択する、までの速さがtempo、そこから、選択された攻撃者が攻撃を完了するまでがspeedなのでは。

たとえば、全日本・杉山はよく「速い」と言われますよね。彼女はしばしば、area 71さんの定義する「マイナステンポ」で攻撃に入り、Aクイックに引っ掛けたCワイド、みたいな攻撃をするからだと思います。ただ、助走が多いのと、高い位置で打とうとする(トスの頂点を見極めて打つ)ので、tempoの速さをspeedにつなげられず、決定力がそれほどあがらないのでは、と感じています。

一方、高橋のレフト平行は、tempoとspeedがともに速いので、あの身長でもそこそこ通用したのでは。

もう一つ印象的なケースが、北京五輪男子のアメリカVSブラジルでありました。セッター・ボールがBクイックおとりでレフト平行に上げたトスを、センター・ミラーが間違って打ってしまい、結果的に得点したというプレーです。

これは、「マイナステンポでBクイックに入ったミラーが、トスのあがりっぱなを打った」とも言えるのではないかと。tempoとspeedの両方に加え、ボール~ミラーという高さもあったので、サインミスの打ちそこないにもかかわらず、あっさり決まったんだろうと思っています。

なんかとりとめもなくなってしまいました。高校時代に教わった物理の先生はすべて、生物や地学が専門でした。私がさっぱり物理ができないのは、きっとそのせいです(違)

(その4)以降にもついていくために、日々精進いたしますm(_ _)m

投稿: rio | 2008年12月15日 (月) 10時51分

>rioさん

>仮に、センターがセッターの真横にじっと立っていて、スタンディングでトスのあがりっぱなを打った場合、T.wさんの定義ではそれも「マイナステンポ」に含まれてしまう恐れがあるのでは。


『セリンジャーのパワーバレーボール』の記述を引用しますと、、、

「マイナスリズム:これは実際には“マイナステンポ”と呼ばれている。マイナステンポのトスは、通常普通の第1テンポ(ファーストテンポ)のトスよりも速く低い。アタッカーはボールをスパイクしないで、ジャブするかハードチップするのである。マイナステンポは、速い腕のスイングができないプレーヤーに有効であり、ジャンプは普通の第1テンポ(ファーストテンポ)のジャンプより少し早くするのである。マイナステンポのトスは、レシーブしたボールが非常に速く返球されたために、クイックアタッカーが十分に助走する余裕がなく、ジャンプもスイングもどちらも完全にできないときに、高レベルのチームでよく用いられる。」

「比較的低いジャンプを埋め合わせるもう一つの方法は、マイナステンポの攻撃をすることである。マイナステンポの攻撃では、スパイカーは第1テンポ(ファーストテンポ)のジャンプをするときよりも早めにジャンプする。スパイカーにはスパイクの意図はなく、代わりにボールをハードチップする。多くの女子チームが攻撃のスピードアップをするために、この技術を上手に活用している。」

この記述からイメージされるのは、まさにrioさんが仰るような、パワーやジャンプ力があまりないアジア女子のmiddle blockerがよくやりがちな速攻です。月バレ1月号の「岡山シーガルズのマジックコンビネーション」と紹介されている岡野・森両選手のコンビネーション(p020-021)もそうだと思います。ですから、私はその点も意識した上で、「トスされたボールが『放物線軌道の頂点に到達する前に』スパイクヒットを行う攻撃」と定義してみました。


>セッター・ボールがBクイックおとりでレフト平行に上げたトスを、センター・ミラーが間違って打ってしまい、

さすが、rioさん、、、この点はまさに(その4)として頭の中に準備している記述に関わってくる部分で、私もこのシーンのことを引用しようと思っていたんですよ!

こちらこそ、何とか文系の方にもわかりやすいような、説明をできるように精進いたします m(_ _)m

投稿: T.w | 2008年12月27日 (土) 17時41分

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