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2008年9月24日 (水)

レゼンデバレー(最終章)- '80年代以降のバレー戦術変遷の「起承転結」

アメリカの3-1に終わった北京オリンピック男子決勝戦。巷の見方には「洗練された(=最先端の)ブラジルのバレーが、泥臭い(=従来どおりの)アメリカのバレーに屈した」的なものが多いが、私はそうは思わない。世界各国の中でも、ここ数年間ブラジルの戦術を最も忠実に追いかけていたのは他のどこの国でもなく、アメリカであったと言っていい。2006年のワールドリーグでの日本対アメリカの試合を見て書いた記事がこちら(その1その2)であり、既にこの時点でアメリカは、もちろんスタンリーが故障していた事情はあるにせよ、マッケンジーという比較的小型の選手をオポジットに配して、4人レセプションシステムを敷き、"脱スーパーエース"の道を歩んでいたし、スタンリーが復活した2007年のワールドカップでも、スタンリー自身は代えられる場面が目立っていた。ヒュー・マッカーチョン監督の「このチームにスーパースターは要らないんだ」という言葉を、まさに象徴する采配であった。以前からスパイクサーブの威力はもちろんのこと、スーパーエースとしての役割を立派に果たすだけの攻撃力は持ち合わせていたスタンリーだったが、早いテンポの攻撃をこなすことは出来なかったし、レセプションに参加することはなかった。しかし、北京の舞台で、スタンリーはアンドレのスパイクサーブの場面で、レセプションに参加した。攻撃面でも以前よりテンポは早くなった。一見するとさほど早くは見えないかもしれないが、ライト側からの攻撃に対してブラジルのブロック陣がデディケートでは間に合わなかったのだから、それは充分にファーストテンポだと言っていいだろう。そして、勝負のかかった第4セットで、そのスタンリーにほとんどトスを上げないトス回しを見ても、チームの方向性として十二分に"脱スーパーエース"を達成されていたと言えよう。さらには、グスタボにひけを取らないディグ及びセットアップを見せたセンターブロッカーのリーとミラー。アメリカの金メダルポイントは、スタンリーによるライトからのバックアタックによってもたらされたが、それはセッターのロイ・ボールがファーストタッチを行った場面でのトランジションで、ミラーがセットアップを行って産まれたものだった。確か、アテネオリンピックの決勝戦では、ブラジルの金メダルポイントは、グスタボのセットアップの連続から産まれた(はずだ)。2大会連続で、このようにセンターブロッカーのトランジションでのセットアップから金メダルポイントが生み出されるという「偶然」は、センターブロッカーの役割が、従来のアメリカ型"分業システム"における「ブロックの中心」から「ディグ及びトランジションでのセットアップの中心」に変わったことによる「必然」とも言えるかもしれない。

ブラジルの戦術を忠実に模倣する中で、これまでどこの国も真似ができなかった"ブラジル相手のデディケートブロック"。世界各国は王者ブラジルを相手にすると、常にライト側からのテンポの早い攻撃を意識せざるを得ず、結果的に後衛レフトのファーストテンポ・パイプ攻撃及び、前衛センターの速攻にやられる・・・以前から何度か書いてきたとおり、バレーにおける攻撃の従来のセオリーは「自チームのエースのレフト攻撃に対する相手チームのブロッカーのマークを、いかにセンターの速攻によって減らすか?」ということが鍵であったが、バンチ・リードブロックシステムの時代となり、セオリーはまるで逆になった。新たなセオリーは「両サイドの攻撃を意識させて、相手チームのブロッカーをスプレッドで構えさせて、マークが甘くなった中央からの速攻あるいはパイプ攻撃でいかに点数を稼ぐか?」である。その意味でブラジルは、相手チームのブロッカーをスプレッドで構えさせることに、試合が始まる前から既に成功していたわけだ。ところが、オリンピックでの決勝戦という大一番で、遂に王者ブラジルとブロック戦術面でも同じ土俵に立てたアメリカ。ブラジルのライト側からのテンポの早い攻撃に対しても、デディケートで対抗できるくらいに、レフトプレーヤーのプリディーとサーモンがブロックシステムの要の役割を果たせるようになった証だった。その現実が、レゼンデ監督をしても冷静さを失わせる結果になった。オポジットのアンドレを2セット目からムーリオに代え、さらに勝負を決する4セット目にはレフトのダンテをオポジットに配するという、一種の賭けとも思える判断をさせる結果となった。一方ヒュー・マッカーチョン監督は、いたって冷静だった。追い込まれた状況で、セッターのマルセロがどのようなトス回しをするかをあらかじめ想定した上で、2セット目に敢えてデディケートを敷いてブラジルのライト側の攻撃を「おびき寄せて」アンドレを潰しておいて、3セット目からは追い込まれたマルセロのセットアップ位置を見て、ブロックシステムの瞬時の切り替えを行って対応するという、前回の戦いでの勝ちパターンに持ち込んだ。4セット目には、レゼンデ監督の焦りが、ブラジルコート上の選手達にも如実に伝わっていた感があった、、、監督が必死にライト側の攻撃をアメリカに意識させようと、オポジットの選手を目まぐるしく代えても、追い込まれた選手達は結局ジバに頼らざるを得なくなった。一番大事な、北京オリンピックでの決勝の舞台で、追い込まれたブラジルの選手達は、肝心の場面で自分たちのバレースタイルの根幹であったはずの「左右対称性」を見失ってしまった・・・。一方のアメリカのコートには、冷静に相手ブロッカー陣を見たトス回しを行うロイ・ボールがいた。勝負のかかった第4セットで、この日大活躍だったスタンリーに、最後の最後の場面まで、一度もライト側にはトスを上げなかったロイ・ボール。マルセロがアメリカのブロック陣にトス回しを読み切られてしまったのと対照的に、ロイ・ボールのそのトス回しを、ブラジルは最後まで捉えきれなかった。常にアメリカが先に仕掛け、それに対応しようとするブラジルが後手後手に回る、そういう決勝戦だった。

常にアメリカが「先に仕掛ける」ことが出来た理由に、"データバレー"の進化があるように感じる。"データバレー"と言えば、過去の試合や当日の試合での相手チームの攻撃のパターンやブロックの戦略などを分析して、それに対する対抗策を練るというものであっただろうが、この決勝戦でのアメリカの戦い方を見ていると、さらに一歩進んで、あらかじめ自チームが相手に対して採る対抗策に対して、相手チームがどのように対抗してくるのかまでもをあらかじめ予想して、その通りに相手が対抗してきた際にまたどう対抗するのかまで考えておくというような、まるで将棋やチェスの世界のような次元に進化している気がする。(第9章)でスタートローテーションの戦術に絡めて書いたが、ゲーム展開中に、迅速にデータをフィードバックするベンチワークはもちろんのこと、さらに一歩進んで、あらかじめ相手の出方を予想しておいて、相手が仕掛けてきたのをすぐに察知してまた別の手を出す、、、その領域に"データバレー"は入ってきている気がする。そのためには、ベンチの指示を待っていたのでは遅く、コート上の選手一人一人が試合の各局面、ラリー中にでも相手の出方を見てすぐに対応できなければならないだろう。ブラジルのブロック陣を常に意識してトス回しを行ったボールに対し、ブラジルベンチの指示を受けてセットアップを修正したマルセロ。試合の局面局面で、ブロックシステムを柔軟に切り替えたアメリカに対し、試合開始から終了までデディケートを崩さなかったブラジル。"徹底したデディケートブロック"は、ブラジルの強さの象徴でもあったが、同じ土俵に並ばれたアメリカを相手にしては、やはり柔軟性が必要だったであろうと思う。

バレーボール発祥国でありながら東欧諸国よりも遅れを取っていたところに、'80年代に入って「2人レセプションシステム」に代表される"分業システム"・"データバレー"・"リードブロックシステム"といった、現代バレーの根幹とも言える戦術を編み出すことで(=「起」)、ロサンゼルス・ソウルとオリンピック2連覇の偉業を成し遂げたアメリカ。この現代バレーの根幹とも言える戦術が、ソウルオリンピックを境にして一気にヨーロッパ各国へと広がる中で、'90年代に入るとジャーニに代表されるような世界に名だたる"スーパーエース"の登場・"Data Volley"というソフトの完成・より洗練された"バンチ・リードブロックシステム"の完成を見て、イタリアの黄金時代(=「承」)が訪れた。2000年代に入ると、アメリカ型"分業システム"を進化させた"脱スーパーエース"・ファーストテンポ・パイプ攻撃を基軸とした"テンポの早い立体的3Dバレー"・"バンチ・リードブロックシステム"に代わる"徹底したデディケートブロック"による男子ならではの組織的ブロック戦術を、女子バレーならではトランジションの戦術と融合させるという、"レゼンデバレー"が大成(=「転」)。ブラジルの黄金時代が永遠に続くのかと思われた次の瞬間、そもそもの現代バレーの根幹とも言える戦術を編み出したアメリカ自身が、その"レゼンデバレー"の本質を忠実に模倣し、アメリカ型"分業システム"の究極の進化版としての「ブロックシステムの要となるレフトプレーヤー・トランジションでのディグ及びセットアップの要となるセンターブロッカー・常にテンポの早い攻撃に参加しつつ、時にレセプションも参加できるオポジットプレーヤー・5−2システムにおける、セカンドセッターの役割を果たすリベロプレーヤー・ブロックの穴にならないセッター」という最高レベルのバレースタイルを、北京オリンピックの舞台で我々バレーファンにまざまざと見せつけて(=「結」)くれた。ここに、アメリカによって始まった'80年代以降の現代バレーの戦術変遷が、再びアメリカによって「起承転結」が結ばれた形となったのは、何とも印象深い結末だった。

レゼンデバレーは、レゼンデ監督がブラジル女子ナショナルチームの監督に就任して以来、常に進化を続けていたが、残念ながら昨年のワールドカップから北京オリンピックまでの間には、進化は見られなかった。いや正確には、レゼンデバレーの集大成は、やはり2006年の世界バレーの決勝戦だったのだ。その後の(第7章)〜(第9章)はあくまで、(第8章)で奇しくも表現したとおりに「"リカルド抜きで"戦う術」としての「迂回路」であって、決してレゼンデ監督が望んで通った道ではなかったのではないかと思う。結果的に(第10章)で「死角」として書いた、マルセロとロイ・ボールのトス回しの違いが、北京オリンピックの決勝でも勝負の鍵を大きく握ることに繋がった。相手チームがデータバレーを駆使してどのような戦略に出るか? それを先読みして、相手チームの戦略の裏を如何にしてかくか? ブラジルベンチよりもアメリカベンチ及び、セッターのロイ・ボールが、明らかに勝っていたのだ。

グスタボも代表を退く意向とのことであり、もう2度と見ることはできないのかもしれないが、出来ることならやはり、2006年の世界バレーの時の(即ちリカルドのいる)ブラジルと北京オリンピックのアメリカの戦いを見てみたかったというのが本音だ。


p.s.: 皆様から頂いているたくさんのコメントに対し、レスがいつもながら遅れていることをここでお詫び申し上げます。もう少しお待ち下さいませ。

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コメント

読み応えがあるので、保存させていただきました。
もやもやしていたものが解消された部分が多くあります。
個人のピークとチームのピークがベストになるタイミングがどこにくるか、あるいはもってくるかということとゲーム上の戦術は切り離せないと思います。
リカルド選手の戦線離脱を含め、メダルを狙うチームにとっては直前であれ過程であれ計画最終であろうオリンピックでの構想メンバーの離脱は痛手であろうと思います。そんなことも考えるとワールドカップ以降のアメリカのチーム作りは今後非常に参考になるのではないかと思っています。
時間をかけて1章から最終章までじっくり読み返させていただきます。

投稿: ナゾノヒデヨシ | 2008年9月26日 (金) 07時42分

こんにちは
昨日、ようやく男子の決勝戦をじっくりとビデオで観ました。結果は知っていたので、1セットずつ止めながら反芻するように観ました。

観終わった後にT.wさんの書き込みとarea71さんのブログの書き込みをウンウンとうなずきながら拝見しておりました。
私もブラジル(レゼンデ)バレーを本物以上に本物らしく完遂したのが今回のアメリカのバレーだったと思います。
しかし、ブラジルは伝家の宝刀の高速パイプ攻撃で何回もアタックラインを踏み越したり、追い込まれてジバ、ジバ、ジバと連続でジバに上げ続けて(まるで春高バレーの地方予選のように)「らしさ」にかけたと思います。その点アメリカは最後の最後まで忠実にレゼンデバレーを継続していったのではないかと思います。

それとミドルブロッカーのセット能力ですが、以前のブラジルの試合を見たときに「セッターが三にいる?」と思ったぐらいで、セッターとリベロとグスタボで上げていました。とにかく「トランジション能力」において世界のトップクラスのチームは日本には大きな差があります。

いつまでも「サーブとサーブレシーブがウチのチームの生命線だ」としか言わない監督が率いてもオリンピックに参加することにとどまってしまうと思います。世界はとっくに次の段階、いや次の次の段階にチームを進めていると思います。

投稿: オリビア | 2008年9月28日 (日) 14時02分

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