« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月 8日 (日)

16年ぶりのオリンピック出場権獲得に思う・・・

ご存じのとおり、全日本男子は見事、16年ぶりのオリンピック出場権を獲得した。

選手達はよく頑張った。本当に素晴らしいと思う。そして、久々にオリンピックでの男子バレーの試合中継を(日本戦以外も)見られる環境を作ってくれたことを、素直に感謝したいと思う。

しかし、しかしだ。
日本中が「日本男子バレー復活!」などと浮かれてしまう恐れがあるからこそ、だからこそ今、書いておきたい、いや書かねばならないことがある。


『ばれにゅ☆どっとねっと』より引用

植田監督が受け継いだ「イズム」

ミュンヘン組も植田監督を絶賛 男子バレー(産経新聞) - Yahoo!ニュース
金メダルに輝いた"ミュンヘン組"にも、新たな世代の五輪出場は感慨深い。「3年前に死にかけていた男子バレーが、植田の人間教育で生き返った」と監督を称賛するのは、ミュンヘンで監督だった松平康隆日本協会名誉会長。「日本らしいハートのこもったチームを作ってくれた」とは、バルセロナ五輪で監督として、主将だった植田氏に"ミュンヘン魂"を植え込んだ大古誠司氏だ。


さて、このお二方の「イズムを受け継いだ」と発言された植田監督。

・・・(中略)・・・

正直、上記発言については一瞬引きましたが、事実なんでしょう。日本バレー界の根強く残る古い体質がこれからも引き継がれていくのかと。ここで再び五輪出場を決めたことで、それはさらに強固なものになっていくのではないかと。

・・・(中略)・・・

五輪出場を決めたことで、日本バレーボールの現状が「これでよし」とされてしまう危険はあります。非常に不安ですね。


植田ジャパンがオリンピック出場権を獲得できた背景にはもちろん、"ミュンヘン組"の強固なバックアップがあったのは間違いない。女子とは違って、Vリーグの各チームも全日本男子に対して一致団結して協力する体制が整っていた印象が強い。さらにこれは女子同様に、最終予選をアジア大陸予選とくっつけておいて、日本の比較的相性の良い相手だけを選んできて、そして日本で開催するという、苦肉の策としか思えない「日本救済のためだけの」方式を採って、盤石の策を打った。もちろん、同じ状況でも4年前は獲れなかった出場権であるから、全日本男子の実力が上がったのは紛れもない事実だろう。しかし、日本の男子バレーを一旦「死にかけ」の状態に陥れたのも、紛れもなく"ミュンヘン組"の仕業なのだ! 寺廻監督時代、"ミュンヘン組"があの手この手を使って、当時の全日本男子チームの足を引っ張ろうとしていたのは、一ファンとして端から見ていても明らかだった。女子は今と同様のOQTのシステムになっていたのに、この時の男子はアジア大陸予選が単独で行われ、最終予選は当然のように海外で行われ、そして寺廻ジャパンは(最終的にシドニー本戦で4位に輝くことになった)アルゼンチン相手に砕け散った。これは、植田ジャパンが当たり前のように受けている強固なバックアップが、全く受けられなかったからこその結果とも言えるのだ。さらには、全日本男子がオリンピック出場権を逃すそもそもの歴史を作った張本人も"ミュンヘン組"なのだ!(詳しくは、こちらを参照)

"ミュンヘン組"は本当にマスコミ利用・情報操作に長けている。だからこそ日本バレー狂会は、ミーハーなファンばかりを増やそうとする、、、その方が、自分たちの情報操作でファンを煽動しやすい状況を作れるからだ。16年もの長い間、オリンピックへ出られない歴史が出来てファンも着実に減り、マスコミからも冷遇されるようになって、その状況の下で再び獲得したオリンピック出場権。今回のOQTでたくさんの新たな男子バレーファンを獲得したに違いない。そして、その新たなファンは、狂会の狙い通りに、昔の歴史すなわち、"ミュンヘン組"があの手この手で全日本男子の足を引っ張っていたことなど知る由もない、ミーハーファンであるはずだ。その状況ですかさず発表される記事が、この『ばれにゅ☆どっとねっと』に引用された「ミュンヘン組も植田監督を絶賛」なのだ・・・。

日本は女子バレーの世界も、一度シドニーの出場権を逃すというショックを味わいながら、気づけば結局元の木阿弥に戻ってしまった。男子に及んでは、オリンピックへ出られないのが当たり前という雰囲気にまで陥ってもなお、何ら体質は変わらないし、変わろうともしない。頑張っている選手達には感謝しながらも、今の状況を複雑な気持ちで見ざるを得ないコアな長年の一ファンがここにいる。そして、やはり同じような気持ちを抱いているファンは、他にも確実にいるのだ。

・関連記事その1:『/ja あやつる YmrDhalmel』黄金時代と暗黒時代とその後
・関連記事その2:『中西美雁の日々是排球』ただ勝利のためだけに


残念ながら8年前には、ネット上を見る限り戦術を語れるファンはほとんどいなかった。その意味で、寺廻監督はファンからもバックアップがなかったと言える。『ベリーロールな日々』に代表されるように、ネット上で戦術を語れるファンが急増している今、その状況も植田監督にとっては追い風になっていると言えるだろう。しかし、世界のバレーに追いつこうとして植田監督が採り入れている方向性は、寺廻監督が8年前にやろうとしたことと何ら変わらない。以前も書いたように、私は未だに朝日健太郎選手(現・ビーチバレー)を超えるmiddle blockerは日本にはいないと思っている。彼らをインドアの世界から追い出したのは、紛れもない今も旧態依然として脈々と受け継がれる、日本バレー狂会の体質そのものだ。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »