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2006年7月23日 (日)

たまには男子(ワールドリーグ 日本-アメリカ その1)

かつて、寺廻監督時代の全日本男子は、当時としては画期的であった、4枚サーブレシーブシステムを採った。ライト/オポジットのポジションにはサーブレシーブを行わないスーパーエースを置くのが通常の男子バレーの世界で、本来はレフトの加藤選手を同ポジションに置いたのである。

そのシステムが生まれる背景にあったのは、「日本のサーブレシーブ能力が世界よりも劣っている」という認識であったが、ところが世界のトップレベル、すなわちブラジル男子ナショナルチームは、「サーブレシーブ能力が世界でもトップレベルである」にも関わらず、アテネオリンピック本番で同じシステムを敷いた。前年のワールドカップ2003で、スーパーエースでありながらアタック決定率の1位争いを最後まで繰り広げたアンデルソン選手を、わざわざ控えに回してまで、レゼンデ監督はこのシステムにこだわった。ワールドカップ優勝を果たした世界最先端のバレーシステムを、更に進化させるべく彼は、世界トップレベルのスーパーエースの攻撃力を捨ててまで、更なる安定したサーブレシーブを追求し、それを土台にして超高速3Dバレーを展開し、ついに五輪制覇の夢を成し遂げた。

アンデルソン選手の代わりに入ったアンドレ選手は、①左利きであり、②2段トスを打ち切る能力はアンデルソン選手に少々劣るものの、より早い攻撃を打ちきれる。それまでの男子バレーの常識であった「レフトサイドは早い攻撃・ライトサイドはやや高いトスをスーパーエースが打つ」というシステムから、「両サイドとも早い攻撃」というシステムに、即ちライト/オポジットのポジションの選手の役割が、「スーパーエース」から、「レフトの選手とちょうど左右対称の」役割に変えたのだった。さらには、バックアタックもいっそう早く、バックライトからのスーパーエースの打つ従来の高いトスのバックアタックは、従来のパイプ並みに低いトスとなり、そしてパイプはさらにいっそう高速のパイプとなった(ワールドカップ2003で、そもそもパイプを最初に打ち始めた先駆者とも言えるジオバーニ選手がそれを成し遂げ、アテネ本番では彼より若い、ダンテ・ジバ両選手がマスターしていた)。アテネ本番では、これら「現在の」最先端のバレーシステムはブラジル男子ナショナルチーム独自のものであった。バルセロナでパイプを完成させて優勝した時と同じ状況であり、ブラジルの優勝はある意味、必然の結果であった。

あれから2年経ち、アメリカ男子ナショナルチームは、戦術的にそのブラジル男子ナショナルチームの戦術に着実に近づいている。これまた世界有数のスーパーエースであるスタンリー選手抜きで、完膚無きまでに全日本男子を打ちのめした。そのアメリカがポーランドには2連敗したとのこと、、、。恐らくはヨーロッパ勢各国も同様のレベルに到達しているということだろう。何とも恐ろしい話だ、、、。

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