【告知】『note』に移転します。
Merry Christmas!!
皆さん、ご無沙汰しております。
実に久しぶりのエントリーですが、当suis annex weBLOGをこのたび、長らくお世話になったココログから『note』へ、移転することにしました。
下記リンクより、よろしくお願いいたします。
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2017年3月11・12日に国士舘大学・世田谷キャンパスにて開催された、日本バレーボール学会 第22回大会にて行った、ポスター発表の内容が、YouTube動画で公開されました。
同時多発位置差攻撃に対して、世界男子トップチームが「どのようなディフェンス戦略を採用しているか?」に関する、初めての知見になるものと考えます。
光栄にも、当発表内容が、第22回大会における一般研究発表優秀賞(第2位)に選ばれました。
下記より、是非ご覧下さいませ!!
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photo by FIVB
(この記事は『バレーボール・スクエア』に寄稿したものです。)
◎選手の力を「正当に」評価できていなかった監督・スタッフ陣
もし眞鍋監督が『テンポ』の概念を本当に理解していたなら、迫田選手がセッターに近接するスロットから披露した 1st tempo のクイック(=「コミットしても止まらない11」)を手本として、本職のMB(ミドル・ブロッカー)陣に同じようにプレーさせればよかったわけです。MB陣が本来持っている力を引き出せなかったのは、自身が追求した「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間(以下、『経過時間』)を短縮させる」方針に象徴されるような、「攻撃に求められる“はやさ”に対する本質的な誤解」が理由ですから、その点をいさぎよく認めて、選手1人1人にきちんと理解させれば、日本のMB陣が持っている本来の攻撃力を引き出すことも達成可能だったはずです。
そのことは、2016/17シーズンでNECレッドロケッツのMB陣が、特定の選手だけでなくリザーブの選手も含めシーズンを通して活躍し、2年振りの優勝を飾ったことで見事に証明してくれたと思います。
ポジション争いが激化するチームの中で「自分がミドルの軸になりたかった」という大野は、優勝の喜びをかみしめながら目を潤ませた。
「チーム全員が『1本目のパスを丁寧にしよう』と心掛けて、(近江)あかりさんや(リベロの鳥越)未玖が出してくれるパスのおかげで攻撃に入れました。・・・(中略)・・・」
ファーストレグや天皇杯で勝てず、スピードを武器とする久光製薬や日立リヴァーレに敗れるたび、「自分たちもトスのスピードを速くするバレーに切り替えなければ、勝てないのではないか」と迷うこともあった。だがそんな時、山田監督は選手たちに訴えかけた。
「夏からやってきたバレーは間違っていない。絶対に結果は出るからこのまま貫こう」
迷いを消し、やるべきことを全員が果たす。地道にコツコツと積み重ねてきた成果は、決勝で見事に花開いた。
≪「抜群のチーム力でVリーグを制したNEC 苦しい状況を救ったリザーブの選手たち」(田中夕子『スポーツナビ』)より引用 ≫
ところが、迫田選手の 1st tempo のクイックの成果を基にして、次に眞鍋監督が出してきた「ハイブリッド6」という発想は、得点力の低いMBを「コートから排除する」というだけの「選手の配置システム変更」に過ぎず、日本のMB陣のモチベーションを下げる結果を招いた(※1)だけでなく、 眞鍋JAPAN の一期目の輝かしい戦績に大きく貢献したMB陣を、監督・スタッフ陣が正当に評価していなかったことの何よりの証拠でした。
何度も書いて恐縮ですが、2010年の世界選手権で32年振りのメダルを獲得できたのは、柳本前監督時代にないがしろにされていたブロック戦術の組織化に、一から取り組んだからです。WS(ウイング・スパイカー)陣をMBのポジションに据える「ハイブリッド6」の採用によって、一期目の4年間をかけて築き上げてきた組織的なブロック戦術が、根底から崩れてしまいかねないことは誰でも容易に想像がつくはずです。
案の定「ハイブリッド6」で臨んだ2014年の世界選手権で日本は、Rebounds(※2)を稼げなかった(図3-2 ※3)事実や、相手の攻撃に対して“どの程度ブロックに当てることができていたか”を示す指標として「#眞鍋JAPAN総括 ⑥ ~ “総合的な” ディフェンス力はどうだったか?~」で提示された block contacts が、一期目(2009-2012)より二期目(2013-2016)で大きく低下した(表4)事実が、データから明らかとなっています。
(2014年の世界選手権での日本のブロックとディグの成績を、全チームの成績の中での相対的な「立ち位置」として評価したグラフ。1次ラウンド・2次ラウンドとも全チームの中で見るとReboundsが取れていないことがわかる。)
(一期目(2009-2012)と比して、二期目(2013-2016)では他国以上に日本のblock contactsの数値が低下しており、世界から「引き離された」ことがうかがえる。)
自身が強いたチーム方針の犠牲になったMB陣への謝罪がないどころか、それまで築き上げてきたチーム力の土台であったMB陣のブロック力さえ、安易に捨て去る判断をしている時点で、『テンポ』の概念を理解しているはずはないし、はっきり言えば、#眞鍋JAPAN のスタッフ陣が一期目(2009-2012)の総括を行っていなかったことは明らかでしょう。
◎メディア関係者とスタッフ陣から“裸の王様”にされた眞鍋監督
ロンドン五輪以降「ストップウォッチを片手に『経過時間』を測りながら、スパイク練習をする」様子や、「『経過時間』の短縮を目指す」という監督自身の発言が、メディアからあまり発信されなくなったのは、想像するにバレーを主に扱う日本のメディアが、こうした点を意図的に隠すようになったからだと思います。
なぜなら、前回(#眞鍋JAPAN総括(その2)〜指揮官の迷走を軌道修正させていたもの〜)で書いたように、『テンポ』に関する正しい理解がロンドン五輪前後から、ファンだけでなく一部のバレー関係者の間にも少しずつ広まったことで、「『経過時間』の短縮を目指す」という監督の方針がロンドン後も変わっていない事実が表に出れば、眞鍋JAPAN への批判が高まる懸念が十分に想定されたからです。
〜 JSVR 日本バレーボール学会 ニュースレター No.19 遠藤俊郎会長(当時)による巻頭言(2012年10月31日)より引用(http://jsvr.org/archives/pdf/newsLetter/19/pp01.pdf)〜
「しかし、もちろん眞鍋ジャパンも全てが順調という訳ではなく、一時は攻撃の速さを追求するあまりスパイカーに窮屈な思いを強いる結果となり、全体的なオフェンス力の低下を招いたこともありました。これは攻撃の速さを「低くて速いトス」に固執したことに起因していました。JSVRでは『Volleypedia (バレーペディア) 改訂版 Ver 1.2』を2012年4月 28 日、日本文化出版より出版いたしましたが、その中で攻撃の速さに関する考え方をセッターのセットアップとスパイカーの動き出しとの関係から「テンポ」という概念で説明し、攻撃の速さはトススピードやトスの高さから生み出されるものではないことを指摘しました。」
バレー、特に日本で開催される国際大会を扱うメディアにとって、全日本チームの人気が下がることは大きな痛手です。眞鍋氏が全日本監督に就任前に所属していた久光製薬という大企業が、そうした国際大会や地上波中継のスポンサーを兼ねていることも、当然影響するでしょう。
スポーツ・マスコミが社会に果たす役割について、スポーツ新聞記者である後藤 新弥 氏は「もはや今日ではマスコミは『報道者』だけにとどまらず、『報道を通して、スポーツを発展させようと努力する者』と自動的にみなされている」と述べています(※4)が、現在の日本のメディア関係者は「報道を通じて、日本のバレーを発展させよう」とか、「日本のバレーの未来を明るいものにしよう」というような意識を、残念ながら持ち合わせてはいなかったのです。
自分たちの「目先の」利益を優先するあまり、指揮官が批判の矢面に立たされることを回避しようと行動したツケとして、眞鍋JAPAN の迷走はロンドン以降さらに加速。最終的にリオ五輪本番で準々決勝敗退という、金メダルを目指していたチームとしては「惨敗」としか言いようのない結果が出てしまった後にようやく、隠されていた「決定的な事実」が白日の下にさらされました(※5)。
「オリンピックメンバーに絞られてからの合宿で、監督からトスを速くしろと言われて、大会が始まってからもそれを言われていて、トスを速くすることに必死になりすぎて、自分が大事にしなければならないポイントを忘れてしまっていた。」(宮下 遥選手)
全日本チームの「目先の」人気が失われることばかり恐れるメディアにより、正当な批判を浴びるチャンスすら与えてもらえなかった眞鍋監督は、リオ五輪での金メダルへの挑戦権さえも、同時に奪われてしまったのです。
振り返るに、私がリオ五輪で 眞鍋JAPAN が惨敗することを確信したのはロンドン五輪の翌年、2013年2月の日本バレーボール学会(以下、バレー学会)第18回大会に参加した時でした。
「世界トップ・レベルからみた日本バレーボールの現状と課題」をテーマに開催された同大会では、直前まで 眞鍋JAPAN のコーチを務めていた安保 澄氏ならびに、アナリストの渡辺 啓太氏が登壇しました。その中で渡辺 啓太氏は「試合前に自分が行った分析が、試合後にどう活かされたのか、果たして有効だったのかに関して、検証が行えていない点が反省点である」と明言しました(※6)。この発言は要するに、 眞鍋JAPAN がPDCAサイクルにおける「C:チェック」の部分を、遂行できるチーム組織ではなかったいう事実を、吐露したに他なりません。
さらに私は、前年のJVA科学研究委員会で安保氏を含め、眞鍋JAPAN のコーチ陣にプレゼンした際に出した「宿題」を、彼らが解くことができたかどうか確認する意味で、安保氏に以下のような質問をしました。
「(JVAの科学研究委員会の時に、大久保 茂和コーチから)全日本女子が苦戦するケースというのは、サーブで相手のレセプションを崩しているにも関わらず、簡単にサイドアウトを取られてしまうケースであると聞いていますが、ロンドンオリンピックではその点に関して打開策は立てられていたのでしょうか。」
「サーブで崩していても、サイドアウトを取られてしまう原因は正直わからない。対戦相手によってサーブで崩した後、仕留めることができるチームとそうでないチームがある。その点において日本が不得手としているのはセルビアとドミニカである。」(安保 澄氏)
(バレーボール研究, 15(1), p61, 2013; http://jsvr.org/archives/pdf/issue/15/pp56-61.pdf )
大久保 茂和コーチから「サーブで崩しても、簡単にサイドアウトを取られてしまう」という話を聞いた瞬間に、頭に浮かんだ相手が、まさにセルビアでした。
セルビアは当時から、「コミットしても止まらない11」を標準装備した、数少ないチームの1つであったからです。
ネットから離れた位置からでも、クイックをあたりまえのように繰り出してくるため、『テンポ』の概念を理解していない人間は、「得体の知れない能力を持った選手が繰り出すプレー」という印象を植え付けられてしまいます。
そうした状態では、対策を練ろうにも具体案が出てくるはずもありません。案の定、ロンドン前にも付け焼き刃的に行われていた、「男子選手のスパイクをノー・ブロックでディグする」練習(通称「ライブ・ディグ」)が、ワールドカップ2015に向けた合宿の頃から、かなりの時間を割いて行われるようになりました。
2014年世界選手権の敗因について、「195センチの選手が1人入るだけで、チームは大きく変わる。その変化に日本は対応できなかった」と語った荒木田強化委員長(※7)に象徴されるように、欧米各国の〝規格外の長身選手が、あり得ない高さから打ち下ろしてくる〟ようなイメージだったのでしょうが、そうやって『テンポ』の概念に関する正しい理解から目を背けている間に、欧米各国どころか、韓国のMB陣にも 1st tempo のクイックを繰り出される羽目になり、最終予選(OQT)・リオ五輪本番と、立て続けに苦杯をなめさせられる結果を招いてしまいました。
(ヤン・ヒョジンが繰り出す1st tempoのクイックが、日本の遅れたブロッカー陣の上を抜けて決まる(リオ五輪より)
リオ五輪の頃には「コミットしても止まらない11」を標準装備する国が、セルビア以外にもたくさん出てくるであろうことは、世界男子のトップ・レベルにおける戦術のトレンドを頭に入れていれば、容易に想像できたはずのことです。リオ五輪でロンドン以上の高みを目指すには、こうした攻撃への対策を十分に練っておかねばなりません。そのために必要な知識は、前年のJVA科学研究委員会で行ったプレゼンの中できちんと提供したにも関わらず「サーブで崩していても、サイドアウトを取られてしまう原因は正直わからない」という、安保氏の回答を聞いた時点で私は、眞鍋JAPAN のスタッフ陣がリオ五輪で金メダルを本気で獲りに行く覚悟を持ち合わせてはいないという事実を、感じ取ってしまったのです。
メディアにとって、全日本チームの人気が落ちることが、自分たちの「目先の」利益損失を意味するのと同じように、全日本のスタッフ陣にとって「自分を抜擢してくれた指揮官」の名声が落ちることは、自分自身の生活が揺らぎかねない一大事です。
たとえ泥舟だとわかっていても、沈むのを我慢して最後までつきあえば、「眞鍋JAPAN の元スタッフ」という肩書きを手に入れることができる ・・・ 日本のバレー界の狭い閉鎖空間の中だけで生きていくなら、それだけで一生、安泰なわけです。泥舟だといち早く気づいて然るべき行動に出てしまえば、トカゲのしっぽ切りにあい兼ねません。リオでのメダルより自分たちの生活の方が優先されるのは、考えてみれば仕方のないことです。
噂ではこうした第18回大会でのやり取りの後「眞鍋監督と荒木田強化委員長は今後一切、バレー学会には関わらせない」という方針が、眞鍋JAPAN スタッフ陣からバレー学会側へ通達されたようです。こうして眞鍋監督は、メディアだけでなく側近であるスタッフ陣からも〝裸の王様〟にされてしまいました。
◎確たる「コンセプト」がないまま、責任は全て、選手に押しつけられた
そして誰より、眞鍋監督自身が、リオ五輪で金メダルを本気で獲りに行く覚悟を持ち合わせていませんでした。賢明だった彼は、自身が日本代表チームの指揮官を務められる器ではないことを、誰よりもわかっていたのでしょう。それゆえリオ五輪という最終目標を迎えるよりもずっと前から、退任後の自身の居場所の準備を着々と進めていたのです(※8)。
前任の柳本 晶一氏とは違い、選手に向かって罵声を浴びせるような行動は一切みられず、グッド・コーチたる1つ目の資質「暴力やあらゆるハラスメントの根絶に全力を尽くす」という点(※9)を、間違いなく彼は備えていたと思いますが、3つ目の「常に学び続ける」という資質(※9)を、どこかのタイミングで失ってしまったようです。
...それに気づいた瞬間、「日本女子バレーは、世界のトップチームが採用するスタンダード戦術に対する理解をもっと深めておく必要がある」と、痛感しました。
同時に「日本のやり方だけを貫いて、気がついたら世界標準から取り残されてしまう携帯電話のような『ガラパゴス現象』に陥ってはいけない」といった危機感も覚えました
・・・(中略)・・・
バレーボールにおいても、がむしゃらに日本のやり方だけを追求していては、世界から取り残される可能性があります。
日本代表選手は「世界標準戦術(=デファクトスタンダード)」を熟知して、相手をよく知ることが必要で、その標準戦術はいつでもできる、といった基礎の土台の上に日本のオリジナリティを乗せる形にしなくてはいけません。
・・・(中略)・・・
ブラジルチームは世界の中では平均身長が中くらいのレベルで・・・(中略)・・・高さで優位に立てないにもかかわらず・・・(中略)・・・相手のブロックを翻弄し、攻撃手段を読ませずに次々と鋭い攻撃を決めていきます。
女子バレーボールにも同じような戦術が有効であることを説きました。
これは2011年に発刊された著書『精密力〜日本再生のヒント〜』(主婦の友社)からの引用ですが、この時点では、彼の頭の中に「世界標準戦術を基本に据えて戦いたい」というコンセプトが、間違いなくあったことがわかります。実際、ブロック戦術の組織化を土台にトランジションの攻撃システムを構築しようと努めていた2010年のワールド・グランプリまでの 眞鍋JAPAN は、端から見ていても方向性が明確でした。ところが、
何か新しいこと、戦術をしないと勝てない。だからいろんなことをしました。「MB1」とか「ハイブリッド6」とか。私が日本以外の代表監督なら、こういうことはしなかったです。普通にやって勝ちたいですよ。でも、それは仕方がないことで日本は背が低いですから。
監督退任後に語った彼のこの発言(※8)からわかるのは、ロンドン以降「がむしゃらに日本のやり方だけを追求してい」たという事実でしょう。「ハイブリッド6」で選手たちが見せたプレーこそが結果的には、男子の「世界標準戦術」である「同時多発位置差攻撃」と同じコンセプトのプレーでした。要は、日本にとって「何か新しいこと」に思えただけで、世界のトップ・チームは「普通にやって」いることだったのです。
バレー漫画『ハイキュー!!』を読んでバレーを見始めたファンが、「ハイブリッド6」で戦う全日本女子のプレー・スタイルをテレビで見た瞬間に「これって、同時多発位置差攻撃じゃないの?!」と気づいたくらい簡単なことですから、彼がいかに「『ガラパゴス現象』に陥って」いたかがわかります。
・#ハイキュー 読者は眞鍋Japanの "Hybrid 6" の本質を、ちゃんと見抜いていた^^ #vabotter #hq_anime(『togetter』より)
彼にとってはもはや、「何か新しいこと」でありさえすれば、何でも良かったのです。32年振りのメダル獲得に最も寄与した、組織的ブロック戦術を安易に捨て去ってまで追求した「ハイブリッド6」すらも、「勝つために必要な『何か新しいこと』ではなかった」と判断して、あっさりと捨て去ってしまった2015年以降の 眞鍋JAPAN には、確たる「ゲーム・プラン」も「コンセプト」も存在しませんでした。
そんな状況にも関わらず、メディアによる意図的な情報隠蔽のせいで、選手は結果を求められ続けました。ロンドンの時には確かに、似たような状況下でも竹下選手が指揮官の暴走を止める“安全装置”として機能し続けたおかげで銅メダルを獲得できましたが、リオ五輪に向けては選手たちにSNS使用禁止令が出され(※10)「自立したプレイヤー」という扱いすら受けていませんでしたので、たとえば宮下選手に竹下選手と同じ役割を期待するのは、あまりにも酷な話でした。
「#眞鍋JAPAN総括 ① 〜選手のフィジカル、コンディショニングの視点から〜」の中では、眞鍋JAPAN がピーキングに失敗している理由として「プレーの精度を高めようと直前に詰め込むようなことになってしまうからテーパリングも難しくなり、コンディションが整わないまま大会を迎えたり、大会直前に故障や持病を悪化させる選手が出てくるのでは」との推察がありましたが、確たる「ゲーム・プラン」も「コンセプト」もないまま、ただ闇雲にプレーの精度だけが選手に要求されるがゆえ、全体練習のあと選手が自発的に居残り練習を行わざるを得ない羽目に陥り、それが選手のオーバーワークに繋がったと考えられます。
このあたりは、アンディッシュ・クリスティアンソン監督を迎えて意識改革が大きく進んだ、豊田合成トレフェルサの選手たちが語る言葉との対比から、感じ取ることができるでしょう。
・豊田合成ではコンセプトが明確で、何をどうすればいいか、すごくわかりやすい。全日本ではまだわからないことばかりで、自分が何を期待されているのかもよくわかってません ...(傳田 亮太選手)《『月刊バレーボール 2016年6月号』より引用》
・(豊田合成で)2時間の練習にめいっぱいの体力と神経を使い、練習が終わると「自主練習をする気力すらない」と笑う今は、あの頃の自分とは違う(古賀 幸一郎選手)《「ベストリベロ、古賀幸一郎が歩んだこれまでと、歩み続けるこれから。」(田中 夕子『バボちゃんネット』)より引用》
勝つための具体的な「ゲーム・プラン」も「コンセプト」も持たないまま、リオ五輪に突入した眞鍋監督にとって、選手の〝化学反応〟に期待するしかない(※11)というのは、ウソでも何でもなかったのです。
(リオ五輪の前に取材した時も、先ほど話に出た「化学反応」に賭けるとおっしゃっていましたが、それは少しでも起きましたか?)
起こらなかったです。だから5位だったのでしょう。
(具体的には、何を期待していたのでしょうか?)
それは会見でも言いましたが、わかりません。何かと何かが混ざり合って、化学反応が起こるじゃないですか。爆発力なのか、チームのすごいまとまりなのか、勢いなのか、それはわかりません。
《退任した女子バレー眞鍋元監督が語りつくす「2度の五輪と今後の日本」(中西 美雁『web Sportiva』)(※8)より引用》
◎今後ますます求められる
「プレイヤーズ・ファースト」の 環境作り
先日(2017年3月11・12日)開催されたバレー学会 第22回大会のテーマは「2016リオ五輪を総括し、2020東京五輪を考える」でしたが、そこで登壇した新しい全日本男女の強化委員長のお二方は、リオ五輪(男子はリオ五輪最終予選)に関する総括を、揃いも揃って「自分は当時、外野にいたので何もわからない」と発言しました。
両氏が強化委員長に就任してから、既に3ヶ月もの月日が経過しています。就任からつかの間ならともかく、「リオ五輪を総括する」ためのシンポジストとして呼ばれた公の場で、このような発言を恥ずかしげもなく行えるということは、#眞鍋JAPAN に限らずJVAという組織自体が、そもそも「何かを総括するという慣習もなければ、人事異動があった際に業務に差し障りが出ないように、即座に引き継ぎ作業を行うという慣習もない」という、何とも杜撰(ずさん)な体質にあることの、何よりの証でしょう。
ですが、このJVAの体質を批判したところで、問題は解決しません。なぜならバレー学会側も、学会なりの総括というものを準備していなかったからです。バレー専門誌や専門番組も総括を一切していません。誰も総括しないまま、眞鍋氏や #眞鍋JAPAN のスタッフ陣を底辺カテゴリの指導者たちは〝客寄せパンダ〟として、指導者講習会や小中学生バレー教室に利用し続けるし、総括されないからこそ、久光製薬という企業は「全日本女子監督輩出」というブランドを、再び手に入れました。
JVAの杜撰な体質は、日本のバレーに関わる人間1人1人にとって、バレーが「私利私欲や自己顕示欲を維持する『手段』でしかない」現実を映し出す〝鏡〟 に過ぎないのです。
こうした悲観的状況の中で、何かを変えられるとすれば、それは「選手自身」以外には考えられません。指導者がどんなに間違った「コンセプト」を押しつけようとも、メディアが都合の悪い情報をどんなにシャット・アウトしようとも、選手が「常に学び続ける」ために必要な情報はネット上にきちんと存在しています。
バレー漫画『ハイキュー!!』の影響を受けた選手が、今後着実に日本のバレー界の屋台骨を背負う形に、否応がなしになっていきます。底辺カテゴリではもちろんのこと、V・プレミアリーグであれ、日本代表チームであれ、「『常に学び続ける』ことで得た知識を、試行錯誤してプレーに活かそう」とする選手たちを、頭ごなしに否定する指導者が今後も出てくることは残念ながら必至であり、だからこそ、小中学生がバレーを始めたその日から「自立した1人のバレーボール・プレイヤー」として尊重される、「プレイヤーズ・ファースト」の意識改革が根づくよう、ファンも含め、バレーに関わる1人1人の人間の努力が今後ますます、欠かせないものになってくると思います。
・子どもを変える、大人が変わる「プレイヤーズファースト」入門(『サカイク』より)http://www.sakaiku.jp/series/players/2013/005809.html
総括も引き継ぎもなされないまま、指揮官だけが中田 久美氏へと変わった日本女子代表チーム。先日、スタッフやメンバーが発表となりましたが、そこに確たる「コンセプト」は、果たして存在しているのでしょうか?
〜 日本バレーボール学会 第22回大会プログラム・抄録集 p18より引用(http://jsvr.org/archives/001/201703/58b7f2198b39b.pdf)〜
日本が誇る高度な技術を追求し、緻密なボールコントロール、目標とする場所(ピンポイント)でのバレーを確立させ、ミスを無くす事が課せられた絶対的な条件となるであろう
確たる「コンセプト」も具体的な「ゲーム・プラン」もないまま、勝利に結びつくエビデンスの乏しい「Aパス至上主義」や「ミスをなくす」といったプレーの精度を選手に闇雲に要求することが続くなら、東京五輪閉幕後に「時間が足りなかった」「精度が低かった」というテンプレの言い訳が、活字となって並ぶことは目に見えています。
ここに記した総括が、そうならないために役立つことを切に願っています。
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(※1)島村春世インタビュー「大野と二人、全日本の対角でやるのが理想です!」(『バレーボールマガジン』より)http://vbm.link/9842/
(※2)FIVB主催の国際大会における公式帳票において、ブロッカーの手(腕)にボールが当たった後ラリーが継続した本数が、Rebound(s)として記録される
(※4)後藤 新弥:「スポーツ新聞」の制作現場から -大衆娯楽紙の特性と課題- 『スポーツ文化論シリーズ④ スポーツメディアの見方、考え方』(有限会社 創文企画)
(※6)日本バレーボール学会の機関誌『バレーボール研究』には、「*渡辺氏の講演内容については、渡辺氏が確認し、了解を得た部分について掲載しています」との注釈のもと、当該発言に関しては記録が残されていない http://jsvr.org/archives/pdf/issue/15/pp67-74.pdf
(※9)新しい時代にふさわしいコーチングの確立に向けて 〜 グッドコーチに向けた「7つの提言」〜(文部科学省 コーチング推進コンソーシアム)
https://www.facebook.com/mextjapan/posts/963412310350519
(※10)https://twitter.com/kanakanabun/status/764360749246390272
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photo by FIVB
(この記事は『バレーボール・スクエア』に寄稿したものです。)
◎ストップウォッチが招いた大黒柱のスランプ
2011年、眞鍋監督はいよいよ、自身が正しいと信じて疑わない「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間(以下、『経過時間』)を短縮させる」方向性を、さらに加速すると公言しました(※1)。
「セッターがトスをあげてサイドの選手が打つまでの時間を、以前は1.1秒くらいでやっていましたが、今年は0.8秒くらいで打ってほしいということでやっています」
ストップウォッチに縛られたこのチーム方針が、世界選手権での銅メダル獲得の立役者に他ならない木村選手をスランプに陥れることになったという事実(※2)は、当時の多くのメディア記事やテレビのドキュメンタリー番組でも採り上げられたため、バレー・ファンの皆さんなら知らない方が珍しいくらいでしょう。
前回記事「#眞鍋JAPAN総括(その1)〜戦術面を一期目から振り返る〜」で検証したように、木村選手は『経過時間』を短くすると有意に被ブロック率が高くなる可能性がありました。つまりは『経過時間』の短縮をさらに意図してプレーさせれば、彼女自身の持ち味を存分に発揮することが難しくなる可能性が高い、ということです。
ですから、上述のチーム方針が彼女をスランプに陥らせるであろうことは、前年の世界選手権でのデータを慎重に検証していれば、容易に予見できたはずです。
大黒柱がスランプに陥ったまま突入したワールド・カップ2011。大会中盤のヤマ場、セルビア戦であっさりストレート負けを喫し3敗となった日本は、大会終盤ブラジルやアメリカといった強豪国との対戦が控えていたことから、この年の目標であった「ワールド・カップでのロンドン五輪出場権獲得(※3)」が、大会中盤にして早くも絶望的な状況に立たされます。
ところが、この「1敗も許されない」追い込まれた状況から、日本の怒濤の巻き返しが始まりました。
◎“安全装置” として常に機能した〝不動の正セッター〟
「4勝3敗で迎えたブラジル戦。木村はチーム最多の20点を挙げる活躍で日本をストレート勝ちに導いた。最後の米国戦もマッチポイントを木村が決めて3―0の快勝。終わってみれば11試合でチーム最多の151本のスパイクを成功させ、スパイク決定率も41.94%とチーム最高の成績を残した。」
≪「女子バレー、日本の攻守の柱 東レ・木村沙織(上)」(『日本経済新聞』)より引用 ≫
大会後半を5連勝で終え、目標だった五輪切符は得られなかったものの、最終的には3位の中国と勝率で並ぶ8勝3敗の4位まで漕ぎ着けた日本。崖っぷちに追い込まれた状況で、本来の力を取り戻した木村選手の活躍の背景には、セッターの竹下(元)選手が下した1つの「決断」がありました。
木村選手の力を最大限に引き出すために、チーム方針であった『経過時間』の短縮を意図したプレー(=「速いトス」)を、封印したのです(※2)。
木村選手の持ち味を最大限に引き出すことで、前年の世界選手権でのメダル獲得に続き、ロンドン五輪の決勝戦を争うことになる2チーム(ブラジル・アメリカ)相手に、ワールド・カップではストレート勝ちする快挙を成し遂げた眞鍋JAPAN。この大会後半のコート上には、「#眞鍋JAPAN総括 ⑤ 〜一ファン目線から振り返る〜」で描かれていたように、相手コートにそびえる高い壁をものともせず、真っ向勝負で立ち向かう日本のアタッカー陣の姿が、間違いなくありました。
そうした日本のアタッカー陣のプレーは、関係者の眼にも着実に何かを訴えかけていったのでしょう。ちょうどその頃、『月刊バレーボール』(日本文化出版)で「眞鍋JAPANが目指す『経過時間』の短縮を意図した〝はやい攻撃〟と、ブラジル男子ナショナル・チームの〝同時多発位置差攻撃〟との根本的な違い」をテーマにした連載を執筆していた(※4)私のところに、JVAの科学研究委員会から緊急招集の連絡が入ったのは、ワールド・カップ終了からほどない、2012年1月中旬のことでした。
当時の全日本女子チームのコーチ陣3人を相手に私は、「リード・ブロックに対して効果を発揮する “はやさ” の本質は『経過時間』の短さを意味するのではなく、セット・アップ前から助走動作を開始して、セット・アップ直後に踏み切る(= “1st tempo” )アタッカーの助走動作ならびに、アタッカーの打点高を損なわないように供給されたセットによって、達成されるものである」(※5)という、『テンポ』に関する正しい理解(=『テンポ』の概念)について、動画を交えてプレゼンすることとなりました。
上のスライドは、そのプレゼンの際に実際に使用したものを、部分的に手直ししたものです。
上述のとおりワールド・カップ2011での日本は、「速いトス」を封印したうえで、ブラジル相手にストレート勝ちをしていますが、その試合直後にブラジルのMBのファビアナ選手が語ったこのコメントこそが、 “はやさ” の本質を理解するカギとなるものでした。
「(「速いトス」を封印する前の、ワールド・グランプリでの試合と比べて)日本のレフトからのスパイクは、今日の方がはるかに『はやく』感じた ・・・」
プレゼン後のディスカッションの中で、当時のコーチの1人は「『速いトス』をやめる、という方針転換がなされた事実はない」と断言しました。しかし、木村選手の力を引き出すために竹下(元)選手が「速いトス」をやめる決断をしたという事実は、その後の複数の証言記事で明らかにされています(※2, ※6)。
当時のコーチが言うとおり、「 “チーム方針として”『速いトス』をやめたわけではない」のなら、試合本番で「速いトス」を封印するかどうかは「竹下(元)選手の裁量にゆだねられていた」という意味に他なりません。
それを物語るように、ワールド・カップ2011以降も眞鍋JAPANは、不安定な戦いを強いられます。ロンドン五輪でのメダル獲得を狙うチームとして、「1位通過」を至上命題に掲げて臨んだOQTでしたが、出場権獲得できるかは最終日のセルビア戦までもつれ込み、あと1セット失っていたら出場権を逃していたという、まさに薄氷を踏む思いのギリギリ4位通過でした。
ロンドン五輪本番でも試合ごとに内容の明暗がはっきり分かれることが多く、準々決勝の中国戦や3位決定戦となった韓国戦(=「明」)と、準決勝のブラジル戦(=「暗」)との落差は、まさにその象徴でした。
リオ五輪での眞鍋JAPANの敗因について、竹下(元)選手はロンドン五輪当時を振り返って以下のように語っています(※7)。
「私が現役でやっていた時は、やはりここぞという時には(木村)沙織に上げていたし、『決めてくれる』という信頼感があった。沙織も『絶対答える』という思いでいてくれた。そういうものを作り上げるには、今のチームにはちょっと時間が足りなかったのかなと思うし ・・・(以下略)」
「ロンドンで自分たちが勝てたのは〝信頼感〟があったからこそ」と語る彼女の言葉に、恐らくウソはないのでしょう。データでの検証結果は知らずとも、「速いトス」では木村選手の持ち味を引き出せないことに気づいた竹下(元)選手でしたが、そうは言っても、チーム方針である監督の意向に逆らう決断をゲーム中に自身の裁量で下すというのは、非常に勇気がいるはずです。
彼女が言わんとしているのは、要するに、
「勝負所では『監督の指示を無視してでも』木村選手の力を引き出さなければ勝てない」
と思えるくらいに、木村選手を信頼していた、ということです。それ以上でもそれ以下でもなかったのです。
『経過時間』の短縮を追求することの正当性を信じて疑わなかった眞鍋監督にとっては、一期目当時〝不動の正セッター〟だった竹下(元)選手の存在が、ピンチの場面で “安全装置” として常に機能し続けたおかげで、2011年以降の一期目2年間は、戦術面での改善がほとんどみられずに不安定な戦いが続いた中でも「ワールド・カップ2011で4位」、そして「ロンドン五輪で銅メダル獲得」という最終結果を残すことができた一番の要因であった、と総括することができるでしょう。
◎「『経過時間』の短縮」によって奪われたMB陣の得点力
2011年以降に、眞鍋監督が追求した「『経過時間』を短縮させる」チーム方針によって、木村選手の次に犠牲者となったのは、MB(ミドル・ブロッカー)陣でした。
『経過時間』の短縮を図ろうとすればするほど、セットはどんどん低くなり、打点高を損なわれたMBの選手は、ブロッカー相手にまともに勝負をさせてもらえなくなりました。
「MBのクイックが使えない」のは、サーブ・レシーブの返球率が悪いからでも、セッターとMB陣の信頼関係が築けていないからでもありません。
本当の理由は「『経過時間』が短ければ短いほど、クイックは決まりやすい(はずだ)」という、日本のバレー界に蔓延する固定観念にこそあるのです。『経過時間』短縮のため、白帯付近への低いセットを前提にするから、サーブ・レシーブがネットから離れただけで、クイックを繰り出す難易度が高くなるように感じるだけのことです。
「速いトス」では、木村選手の持ち味を引き出せないということには気づいた竹下(元)選手でしたが、それは木村選手に限った話ではなく「『経過時間』が短いほどスパイクが決まりやすい」というコンセプト自体、実は誤解なのだ(※7)という真実に、気づいたわけではなかったのです。
ですから2011年以降、眞鍋JAPANのMB陣の得点力が低下していく点に関しては、彼女も “安全装置” としては機能しませんでした。
リオ五輪で、セッターの宮下選手がMBのクイックを使えなかった理由を聞かれた竹下(元)選手は、以下のように語っています(※7)。
「ミドルを使うことに関しては、使おうと思った時にサーブレシーブが返らなかったり、セッターもモヤモヤしていたでしょうし、みんなモヤモヤしていたと思う。」 (・・・ 中略 ・・・) 「それでも使えなかった、使う勇気がなかったということは、やっぱりそこの信頼関係がまだ成り立っていなかったのかなと感じました。遥とミドルがどれだけ練習でコンビをつめて、お互いの信頼関係を築いてこられたのかなというのは、ちょっと疑問です。」
木村選手の件と同様、「自分たちの頃は〝信頼関係〟があった」という割には、ロンドン五輪における日本のアタッカー陣の打数を検証してみると、WS(ウイング・スパイカー)2人に打数が偏っていることがデータで示されています(※9)。
つまり、「MBと〝信頼関係〟を築けていた」と語る竹下(元)選手も、MBのクイックが使えなかった点では、宮下選手と何も変わりがなかったのです。
そして何より、「(MBのクイックを)使う勇気」という表現自体、彼女自身が現役時代に「Aパスが返った場合でも、クイックの決定率は決して高くない」と思い込んでいたことの、何よりの証拠でしょう。
『経過時間』が短いクイックこそが理想、と考えるから、白帯付近にセットが上がって、アタッカーの打点高を大きく損なうようなクイック(通称、「低イック」)を打たせる結果になってしまうのです。そのようなクイックでは相手がコミット・ブロックで跳べば簡単に止められてしまうため、結局は「使えない」「使うには勇気が要る」という意識が生まれるというのが、事の真相なのです。
もちろんこの点についても、上述の2012年のJVA科学研究委員会におけるプレゼンの中で触れたわけですが、同時期に改訂作業を進めていた『バレーペディア』の誌面上でも、後日詳しく解説されることとなりました。
2012年4月の『バレーボール改訂版 Ver1.2』の発刊、そして、2012年7月に三島で開催された「2012バレーボールミーティング」を経て『テンポ』に関する正しい理解が、一般のファンにも浸透していく機運が高まっていったのです。
・固定項目:日本と海外の速攻をテンポの視点で比較してみる(COLUMN)(『e-Volleypedia』より)
・火の鳥さんが求めている「使えるクイック」はこれだと思います。(『Tのブログ』より)
そうした『テンポ』に関する正しい理解をもとに、実際にコートでのプレーで理論を実践していく選手の姿が見られ始めたのも、ロンドン五輪前後のこの時期からでした。
眞鍋JAPANが露呈させた「MBの得点力不足」は、女子日本代表チームに限った話ではなく、日本のバレー界全体に共通する問題なのだという危機意識が、一部のバレー関係者の間にも少しずつ広まっていったことの現れだったと思います。
◎「MB1」「ハイブリッド6」採用の真意は何だったのか?
竹下(元)選手の貢献により、ロンドン五輪で見事に銅メダルを獲得し、続投が決まった眞鍋JAPAN。スタッフ陣もさすがにMBの得点力低下には気づいたようで、二期目の2013年にそれを打開すべく、眞鍋監督はWSの迫田選手をMBに配する、「MB1」という戦術を採用するに至りました。
アタック・ライン後方まで下がって助走距離を確保したうえで、セット・アップより相当前から助走動作を開始し、セット・アップ直後ぐらいのタイミングで踏み切って、セッターに近接するスロットから放たれる彼女のスパイクは、日本のバレー界の従来の固定観念では「『クイック』と呼ぶには “遅い” スパイク」だったと思います。
メディアでは〝スコーピオン〟という名で呼ばれ、まるで彼女にしか打てない「必殺技」のように報道されていましたが、これこそが実は、『テンポ』の概念で言えば 1st tempo のクイック(=「コミットしても止まらない11」)に他ならないものでした。
・レゼンデが目指したバレーボールの姿 第4章「コミットしても止まらないクイックとは?」(『バレーボールマガジン』より)
実際、迫田選手のこの 1st tempo のスパイクが得点力を発揮したことは、データでも検証されています(※10)。「『経過時間』が短いほどスパイクは決まりやすいはずだ」という固定観念を捨てて、『テンポ』に関する正しい理解に基づいたプレーをすれば、世界を相手に日本のアタッカー陣は十二分に通用する力を持っているんだということを、本職MBではない身長175cmの迫田選手が見事に実証してくれたのです。
「MB1」の成果をもとに、眞鍋監督は2014年にはその進化版である「ハイブリッド6」という戦術を採用するに至ります。
一方メディアからはこの時期、「ストップウォッチを片手に『経過時間』を測りながら、スパイク練習をする」様子や、「『経過時間』の短縮を目指す」という監督自身の発言が、次第に見られなくなっていきました。
この頃の眞鍋JAPANの一連の戦術を見て、一部のファンの間では、
「眞鍋監督も、本当は『テンポ』の概念を理解しているんじゃないか?」
あるいは、
「監督は理解していないけれど、『テンポ』の概念を見知ったコーチ陣が、監督のプライドを傷つけないように、進言した結果が『MB1』『ハイブリッド6』なんじゃないか?」
といった憶測までもが飛び交いました。
ですが、こうした見方に関して、私は懐疑的でした。(次回に続く)
-------
(※1)バレー女子代表がW杯で体現を狙う「超高速化」。〜半永久的な課題を克服するために〜(『Number Web』より) http://number.bunshun.jp/articles/-/169128
(※2)「女子バレー、日本の攻守の柱 東レ・木村沙織(上)」(『日本経済新聞』より)http://www.nikkei.com/article/DGXZZO39420440Y2A300C1000000/
(※3)ワールド・カップ2011では、上位3チームにロンドン五輪出場権が与えられた
(※4)前回記事で紹介した、リベロの佐野(元)選手のアンダーハンド・パスによるによるセット・アップの解析結果は、『月刊バレーボール』(日本文化出版)の連載「深層真相排球塾」における「1学期9限目(2011年10月号)」の中で紹介したものである
(※5)固定項目:ファースト・テンポは “はやい攻撃” なのか!?(詳細解説)http://bit.ly/1qQlhWr(『e-Volleypedia』より)
(※6)竹下佳江&木村沙織「チームを鼓舞する“伝える力”」(米虫紀子『Sports Graphic Number 795号』より)
(※7)竹下佳江が語る五輪バレーの敗因。またプレーしたくは、「なりません」 (『Number Web』より) http://number.bunshun.jp/articles/-/826440
(※8)渡辺寿規, 佐藤文彦, 手川勝太朗(2016):「本当に〝速いトス〟は必要なのか? 〜『セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間』と『アタックの成績』の関係〜」, バレーボール研究, 18-1, 58; 内容は動画で公開されており下記URLを参照(「世界標準バレーボール」DVD化ワーキング)https://www.youtube.com/watch?v=1jA2fi8QuTg
(※9)ロンドン五輪 女子バレーボール「私的」スカウティングリポート Part6(『バレーボールのデータを分析するブログ。』より)http://www.plus-blog.sportsnavi.com/vvvvolleyball/article/70
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(この記事は『バレーボール・スクエア』に寄稿したものです。)
眞鍋JAPANの8年間を総括するにあたり、まず就任2年目に、地元開催となった2010年世界選手権で32年振りのメダル(銅メダル)を獲得したこと ・・・ この業績に対する検証が、その後の6年間を語る上で議論の原点になることは、疑いようのない事実でしょう。
当時から私が書いてきたこと、公式の場やネットを通じて発言してきたことを見聞きしてらっしゃる方にとっては、もはや釈迦に説法でしょうが、最近になってバレー・ファンになられた方もいらっしゃるでしょうから、ここで改めて確認しておきたいと思います。
“全日本女子チームが32年振りのメダルを獲得できた秘訣は、いったいどこにあったのか?”
その手がかりをつかむために題材として選んだのは、2010年世界選手権でリベロを務めた佐野 優子(元)選手が、大会を通じて上げた計110本のセットの中から、アタッカーが苦し紛れで返球せざるを得なかったものを除いた、全91本(全体の約83%)のデータです。
データを解析することで見えてくる真実とは、どのようなものなのでしょうか?
◎高いアタック効果率をはじき出した佐野選手のセッティング
解析に入る前に、当時の眞鍋JAPANが採用した戦術に関して、確認しておきましょう。当時の全日本女子の課題について、アナリストの渡辺 啓太氏はインタビューでこう述べています(※1)。
「日本の場合、セッターがファーストボールをタッチする回数がどうしても多いので、その次、セッター以外の選手がトスを上げなければいけない状況になるケースが多い。その状況でいかに点を取りにいくか・・・(以下略)」
この発言から「セッターがラリー中にセットできない場面で、トランジション・アタック効果率をいかにして高めるか?」という点が、当時のチーム課題であったことが伺えます。これは、「Aパスに比べBパス以下の場面で、レセプション・アタック効果率が大きく低下する」という、全日本女子が従来から言われてきた特徴とも密接に関連する課題と言えるでしょう。
この課題を克服するために、眞鍋監督が就任2年目の2010年ワールド・グランプリから採用した戦術が「リベロのセカンド・セッター化」でした。これは、続く世界選手権においても採用されており、それゆえリベロの佐野(元)選手が世界選手権で上げた計110本というセット本数は、出場各国の控えセッターが上げたセット本数とも、肩を並べるほどの数字となっています。
眞鍋JAPANが採用した「リベロのセカンド・セッター化」という戦術が、当時のチーム課題を克服することにつながり、ひいては、32年振りのメダル獲得に寄与したのかどうか? を判断するには、実際にリベロの佐野(元)選手がセカンド・セッターとしての役割を果たした(セットを上げた)場面でのデータを、解析するのが理にかなっているわけです。
ということで、まずは表1をご覧ください。
これは、佐野(元)選手が上げた91本のセットに関するデータを、各アタッカーごとにまとめたものです。チーム全体でみると、アタック決定率が37.4%、アタック効果率が25.3%となっています。
リベロの選手がセットする場面というのは、Cパスからのレセプション・アタックの場面か、もしくは、トランジション・アタックの場面です。アタック効果率の25.3%という数字は、男子の世界トップ・チームのCパス時のアタック効果率や、トランジション・アタック効果率と比較しても遜色のない(※2)、非常に高い数字と言えます。
一方、この大会における佐野(元)選手の “running set” の本数は、計110本中で「2本」であったことが公式記録に残っています。
FIVB主催の国際大会の技術集計において、“running set” とは「相手のブロッカーが2枚以上揃わなかった」場合にカウントされるものです。
つまり、佐野(元)選手がセットしたほとんどの場面で、
相手のブロッカーが2枚以上揃っていたにも関わらず、チーム全体でのアタック効果率は非常に高かった
ということが伺える結果です。
実際、大会後にメダルを獲得できた勝因として、アナリストの渡辺 啓太氏は「Bパス以下でのアタック効果率の上昇」を挙げ、 眞鍋監督は「日本のオリジナル」としての「佐野(元)選手の『アンダーハンド・パス』によるセット戦術」を挙げています(※1)。
Cパスからのレセプション・アタックの場面や、トランジション・アタックのように「相手のブロッカーが2枚以上揃った苦しい場面」で、アタック効果率が非常に高かったわけですから、Bパス以下の場面でアタック効果率が上昇したのも頷けます。
眞鍋監督が採用した「リベロのセカンド・セッター化」という戦術が、Bパス以下でのアタック効果率の上昇につながり、ひいては32年振りの銅メダル獲得に寄与したことは、間違いない事実と言えるでしょう。
◎効果率の高さは〝セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間の短さ〟と関連しているのか?!
では次に、佐野(元)選手がセットした場面で、全日本女子のアタッカー陣が高いアタック効果率をはじき出すことができた要因は、いったいどこにあったのでしょうか?
眞鍋監督が言うように、「アンダーハンド・パス」によるセットに秘訣があったのでしょうか?
眞鍋監督は、2010年世界選手権でセッターの竹下(元)選手に要求した点について、自身の著書(※3)の中でこう述べています。
この発言から眞鍋監督は、「Aパスに比べBパス以下の場面でアタック効果率が大きく低下する」という弱点を打開するため、セッターに〝速い攻撃〟つまり、セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間を短縮することで〝相手のブロッカー陣を振る〟ことを要求していたことが読み取れます。
ということは「セッターがラリー中にセットできない場面で、トランジション・アタック効果率をいかにして高めるか?」というチーム課題を克服するため、セカンド・セッターの役割を果たす佐野(元)選手に対しても、同じようなプレーを要求していたであろうことは、容易に想像できます。
実際、佐野(元)選手は自身のアンダーハンド・パスでのセットに関して、インタビューでこう述べています(※1)。
このように佐野(元)選手は、「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間を短縮すること」を意識しながら、セットを上げていたと考えられます。
それを踏まえて、今度は表1の一番右に示した「経過時間(秒)」をご覧ください。
「経過時間」とは「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間」を測定(※4)したもので、表からは割愛しています(raw dataはこちらから、ダウンロード頂けます)が最小値が1.10秒・最大値が2.01秒、チーム全体では平均±標準偏差が1.453±0.177秒となっています。
このうち1.10秒〜1.33秒までの、短い方から上位約1/4の24本(A)を抽出し、1.34秒〜2.01秒までの残り67本(B)と比較検討してみると
・A(1.255±0.074秒):決定本数11本・ミス本数3本・被ブロック本数2本
・B(1.524±0.149秒):決定本数23本・ミス本数2本・被ブロック本数4本
となっています。
上のグラフ1に示したとおり、アタック決定率はAが45.8%・Bが34.3%と、確かにAの方が高いものの、ミスないしは被ブロックによる失点率もAの方が高いため、効果率はAが25.0%・Bが25.4%とBの方がむしろ高く、
「セット・アップからボールヒットまでの経過時間が短いほど、アタック効果率が高い」とは言えない
結果になっています。
「アタック決定率」は確かにAの方が高いわけですから、「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間が短いほど、『アタック決定率』が高い」と言えるのではないか? と感じる方もいらっしゃるでしょう。
そこで、AとBの「アタック決定本数」に統計学的な違いがあるかを χ2乗検定にて行うと、両者の間に有意差はみられません(p=0.429)。ですからAの方が「アタック決定率」が高かったのは、偶然に過ぎないということになります。
従って、「アタック効果率」ならびに「アタック決定率」のどちらも、「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間が短いほど高い」とは言えないことから、
佐野(元)選手がセットした場面で、アタック効果率が高かった理由を「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間」で説明するのは困難
と言わざるを得ません。
◎ では、アタッカー別ではどうか?
続いて、アタッカー別に見てみましょう。木村選手が91本のうちのほぼ半数の45本を打っており、次に打数の多いのが江畑選手の25本、その次に多いのが迫田選手の9本で、この3人で79本(全体の約87%)を占めます。
この3人で比較検討してみると、
・木村選手(1.445±0.187秒) :決定本数19本・ミス本数2本・被ブロック本数2本
・江畑選手(1.470±0.164秒) :決定本数6本・ミス本数1本・被ブロック本数3本
・迫田選手(1.483±0.216秒):決定本数2本・ミス本数2本・被ブロック本数1本
となっており、アタック効果率は木村選手が33.3%・江畑選手が8.0%・迫田選手が-11.1%と、大きな差がついています。
「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間」に関して、「木村選手と江畑選手」、「江畑選手と迫田選手」、「木村選手と迫田選手」のそれぞれで t-検定を行っても有意差はみられず(p=0.565/0.986/0.756)、佐野(元)選手が3選手に向かって上げたセットに有意な差があるとは言えません。
つまり佐野(元)選手は、どのアタッカーに対しても、同じような質のセットを供給していた、ということになります。
にも関わらず3人のアタック効果率に大きな差が出ており、しかも最も効果率の高い木村選手が91本のうちのほぼ半数を打っていることを鑑みても、チーム全体でのアタック効果率の高さは、佐野(元)選手が上げたセットの善し悪しが要因ではなく、
木村選手 “個人” の高いアタック効果率に起因している
というのは、否定しがたい事実でしょう。
◎ 木村選手のデータを抽出して解析すると、見えてくる真実は?
では今度は、木村選手の打った45本を検討してみましょう。
「セット・アップからスパイク・ヒットまでの経過時間」が1.10秒〜1.33秒までの、短い方から上位約1/4の13本(C)を抽出し、1.34秒〜2.01秒までの残り32本(D)と比較検討してみると、
・C(1.245±0.086秒):決定本数7本・ミス本数1本・被ブロック本数2本
・D(1.526±0.155秒):決定本数12本・ミス本数1本・被ブロック本数0本
となっています。
アタック効果率はCが30.8%・Dが34.4%で、木村選手に限っても「セット・アップからスパイク・ヒットまでの経過時間」がむしろ長い方が、アタック効果率は高くなっています。
ではなぜDの方がアタック効果率が高かったのか?
その要因を探るべく、CとDで「決定本数」と「ミス本数」及び「被ブロック本数」に関して χ2乗検定を行うと、「被ブロック本数」に関してのみ、有意差が出ます(p=0.027)(※5)。
「決定本数」と「ミス本数」については有意差が出ませんので、木村選手の場合、
「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間」が長い方が有意に被ブロック率が低く、それが高いアタック効果率をもたらした
可能性が示唆されるのです。
佐野(元)選手は「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間を短縮する」ように眞鍋監督から要求され、それを意識してプレーしていたわけですから、経過時間が相対的に長いDの場面というのは試合の中でもことさらに苦しい状況で、彼女があえて高いゆっくりとしたハイ・セットを上げざるを得なかった場面であろう、と推測できます。
日本のバレー界では、そういう苦しい状況において〝ハイ・セットを上げているようでは、高さとパワーで勝る諸外国には太刀打ちできるはずがない〟とよく言われますが、実際に32年振りのメダルを獲得した2010年世界選手権のデータを解析してみると、
木村選手がその〝常識〟を打ち破り、ハイ・セットからの攻撃で高いアタック効果率をはじき出したからこそ、成し遂げられた快挙である
という真実が、浮かび上がってくるのです。
◎ 勝因を正しく分析できなかったがゆえに始まった迷走 ・・・
以上、「リベロのセカンド・セッター化」という、眞鍋JAPANの2年目に採用した戦術に関して、データで検証してみました。
最近オーバーパスに取り組み始めたある選手についての妄想話&その後(togetter)
このように、2010年のワールド・グランプリまでは、眞鍋JAPANが採用した戦術面での取り組みは、チームを強化していく上で極めて妥当な方向性をたどっていた、と私は考えています。だからこそ、就任後2年目の試金石となる世界選手権において、32年振りのメダル獲得という結果が出たのならなおさら、その要因がどこにあって、さらに改善すべき要素はどこにあるのかを、眞鍋JAPANのスタッフ陣は慎重に分析すべきだったと思うのです。
直前のワールド・グランプリでは「オーバーハンド・パス」によるセットを要求した眞鍋監督でしたが、世界選手権において佐野(元)選手は終始、「アンダーハンド・パス」によるセットを上げ続けました。「リベロのセカンド・セッター化」の採用により、メダル獲得につながったのは間違いありませんが、それが意味するところは眞鍋JAPANが、柳本前監督時代になおざりにされてきた
「ブロックの組織化」ならびに、「トランジションの攻撃システム構築」に着手したからこそ、の結果だった
ということなのです。
ですから、セカンド・セッターの役割を果たす佐野(元)選手が上げるセットは「アンダーハンド・パスのままでよいのか?」あるいは、「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間の短縮を意図する方向性は、本当に正しいのか?」については、改善すべき余地が相当にあったはずです。
これは想像の域を出ませんが、眞鍋監督が2010年世界選手権で、佐野(元)選手のアンダーハンド・パスを許容したのは、オーバーハンド・パスが苦手な彼女(※6)に妥協した結果だったと思います。ところが、32年振りのメダル獲得という結果が出てしまったがゆえに、眞鍋JAPANを賞賛するメディア記事で連日溢れる結果となり、「アンダーハンド・パスでも構わない」という免罪符を彼女に与えてしまう結果を招きました。
眞鍋監督にしてみても、自身が要求し続けた「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間を短縮させる」方向性が、彼の中で正当化される根拠づけになってしまいました。
大事なことなのでもう一度書きますが、メダルを獲得できた秘訣は「ブロックを組織化」し、「トランジション・アタックの戦術をシステム化」したことで、チームのエースである木村選手の持ち味を最大限に発揮することができたからです。
32年振りのメダル獲得の快挙は、日本のバレー界にとっては、
世界で十分に通用する力を持ったアタッカーが、日本に厳然と存在しているという真実を、再認識する絶好のチャンス
だったのです。
この真実を、眞鍋JAPANのスタッフがきちんと分析・検証できていたならば、翌2011年から改善すべきテーマは、木村選手をはじめとする
アタッカー陣の持ち味を最大限に発揮できるようなセットを、いかに確率高く供給するか?
という方向性になっていたはずです。
残念ながら、その真実に “本能的に” 気づいたのは、チームの中でセッターの竹下(元)選手ただ1人だったように思えました。
「32年振りの銅メダル獲得」という快挙が、眞鍋JAPANのその後の長い迷走が始まる、ターニング・ポイントであったように感じます ・・・。(次回に続く)
-------
(※1)『月刊バレーボール 2011年1月号』(日本文化出版)
(※2)ワールド・カップ2011男子大会における上位3チームのCパス時のレセプション・アタック効果率は、ロシアが19%・ポーランドが4%・ブラジルが15%、トランジション・アタック効果率は、それぞれ33%・21%・30%であった(『ワールドカップ2011テクニカルレポート』より)
(※3)『精密力〜日本再生のヒント〜』(眞鍋政義著・主婦の友社)
(※4)試合の映像をパソコンに取り込み、QuickTime Player 7 (Apple社製) を用いて計測
(※5)より厳密なイエーツの補正を用いて検定すると、統計学的有意差は出ない
(※6)佐野優子選手 インタビュー(『バレーボールマガジン』より)http://vbm.link/2015/
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(この記事は『バレーペディア編集室Facebookページ』に寄稿したものです。)
… こうして見てくると、FIVBが新システム導入を推進するのは、スコアラーの作業負担を減らすという「運営側の都合」だけが理由であるかのように、感じられるかもしれません。事実、新システムについてのマイナス面ばかりが取り沙汰された今回のOQTでしたが、そんな中で唯一、「タブレットが導入されていたから」こそ、早い段階で気づくことが可能となり、混乱を最小限に食い止めることができたシーンがありました。
それは、男子大会3日目の日本対ポーランド戦の第3セット、ポーランドが21-18でリードの場面で日本が取られた【ポジショナル・フォールト】です。
このシーンで日本が犯したミスの詳細については、下記ブログでわかりやすく図解されていますので、まずはそちらを参照下さい。
・「2016OQTポーランド戦最後の混乱解説するよ」(『Stay Foolish』より)
多くの報道を見るかぎり、「タブレット操作の義務化」ばかりに焦点が集まっているようですが、タブレットはベンチ以外に実は、主審や副審の視野に入る位置にも設置されています。
《主審台に設置されているタブレット。左は副審側のポールに設置されているタブレット同様、両チームのラインナップが表示され、右は「チャレンジ」時の検証用映像などが表示されている。(photo by @ux3blust)》
これにより主審・副審は、両チームの正しいラインナップを常時、把握し続けることが可能になったのです。
問題のシーンの直前、コート・ポジション2の関田選手に替わって入った栗山選手がコート・ポジション4に入ったつもりでプレーしており、サイドアウト直後のレセプションの場面で日本は、コート・ポジション4の柳田選手とコート・ポジション2の栗山選手が、お互い(左右)逆に位置する形となって【ポジショナル・フォールト】を取られました。
もし今大会でタブレットが導入されていなければ、副審はリアル・タイムに日本の正しいラインナップを確認できず、反則に気づかない可能性があったと思います。仮にそのまま試合が進行した場合、日本がサイドアウトを取ると正しくは栗山選手がサーバーとなりますが、(間違えて)コート・ポジション2にいた柳田選手が恐らくサーブを打ち、そこで初めてスコアラーが【ローテーショナル・フォールト】に気づき、ブザーを鳴らして試合が中断していたでしょう。
そうなると、日本が「どのラリーから、ラインナップを間違えていたのか?」が問題となり、その時点にさかのぼって、以降に日本が獲得した得点は全て無効となる可能性が生じる(※5)ため、その確認作業に時間を要し、試合が長時間中断したまま、観客は「何が起きたのか?」詳細がわからずに、放置されていたであろう光景が目に浮かびます。
◎ FIVBが新システムを推進する〝真の目的〟
このシーンを整理すると、「e-Scoresheet」に表示された両チームの正しいラインナップを、タブレットを通じて副審が「リアル・タイムに共有できた」からこそ、早い段階で正しい判定が下され、混乱が最小限に食い止められた1例と言えます。
この例からわかるように、タブレットを使用する新システム導入のメリットは、目の前で繰り広げられている試合の〝根幹〟に関わる「正確な情報」が「リアル・タイムに共有できる」点にあるのです。
そうした観点でみれば、今回のOQTから「チャレンジ」がタブレット申請に変更されたのも頷けるはずです。
ワールド・カップ2015における「チャレンジ」の運用は、監督が副審に ①ハンド・シグナルで申請し、②口頭で「どの判定項目に対する『チャレンジ』なのか」を伝え、副審が聞き取った内容を ③インカムを通して主審やスコアラーに伝達する、という伝聞形式であったため、途中過程でコミュニケーション・エラーが生じる恐れがありました。
ベンチが意図した判定項目が副審に「正しく伝わり」、その内容が審判団の間で「リアル・タイムに共有できる」ことを可能にするべく、今大会から「判定項目も含めタブレットで申請する」運用に変更されたわけです。
ベンチと審判団同士の間でコミュニケーション・エラーが生じると、試合の中断時間が長くなり、ひいては、観客ならびに中継を見ている視聴者は「何が起きているのか?」わからないまま、放置されることになります。FIVBが、タブレット使用を前提とした新システムを推進する真の目的は、「コート上で繰り広げられている試合の〝根幹〟に関わる正確な情報を、観客や視聴者にリアル・タイムで提供すること」にあったと考えられるのです。
今大会で疑問の声が多く挙がった「ラリー中の『チャレンジ』容認」についても、ラリー中の「どのプレーに対する『チャレンジ』なのか」を、会場にいる誰もが瞬時に理解できるようにするには、ラリーが終了するまで待ってから申請するより、当該プレーが生じた直後(※6)に申請する方が理にかなっている、という判断が働いたものと考えられます。
◎ 新しいテクノロジーがもたらす〝光と影〟
そうしたFIVBの姿勢は、公式サイトで発信されている試合情報の内容からも伺えます。下記URLにあるとおり、単なる得点経過速報にとどまらず、各ラリーで「何が起きたのか、どういう判定が下されたのか」の情報までもが、リアル・タイムに発信されているのです。
・http://worldoqt.japan.2016.men.fivb.com/en/schedule/7102-poland-japan/match#LiveStats
現状ではおそらく「e-Scoresheet」とは別に、主に技術集計に関わるデータを扱う「VIS(Volleyball Information System)」(白ペデ 104〜107ページ参照)と連動したもの、つまり手作業で打ち込まれたデータが発信されていると想像されますが、「VIS」が扱う情報自体「e-Scoresheet」と連携されれば(※7)入力の手間が省けるものも多いため、より正確な情報がよりスピーディーに発信されることが期待できます。
新しいテクノロジーの積極的な導入により「コート上で起こっている〝すべて〟の情報」をつまびらかにして、「バレーボール〝そのもの〟の魅力を、余すことなくファンに伝えよう」とするFIVBの姿勢(※8)が、「タブレット操作を義務化」する〝強硬手段〟として、今大会では前面に表れたのでしょう。
photo by FIVB
こうして整理していくと、今回のOQTで生じた問題の焦点が、決して「タブレット操作の義務化」にあるのではない、という真実が見えてきます。
本当の問題点は、新システムの「運用の仕方」にありました。
現行ルールに則った上で、タブレットにより簡略化・自動化できる部分を、従来のアナログ手法からタブレット操作へと変更すればよかったものを、「e-Scoresheet」というソフトの仕様に合わせて、ルールの運用を変更する形にしてしまったのが、そもそもの間違いだったのです。
「サブスティテューション」を例にとると、現行のルール・ブックでは、コートに入る選手が「交替する選手の背番号が書かれたプラカードを持って、サブスティテューション・ゾーンに整列する」だけで、交替を許可される【クイック・サブスティテューション】が適用されています。
これは、従来行われていた「監督が副審にハンド・シグナルを提示する」手順を省くことで、試合の時間短縮を意図したルールです。
ところが今回のOQTでは、選手がサブスティテューション・ゾーンに整列しただけでは、交替が許可されませんでした。ベンチがタブレットを操作して、誰と誰を交替させるかを正しく入力し、そのデータが「e-Scoresheet」側で受信された時点でブザーが鳴って、交替が許可される運用になっていた(※9)ようです。
逆に言えば、タブレットを操作してブザーさえ鳴れば交替が許可されるため、その手順の後で、選手がサブスティテューション・ゾーンに整列しても構わないことになり、【クイック・サブスティテューション】のルールが〝有名無実化〟しました。作業効率の追求のために導入されたシステムが、その運用の仕方のせいで、かえって余計に時間を要しかねない事態を招いたのです。
さらに事態を複雑にしたのが、「ブザーの扱い」に関する変更です。本来ブザーには、試合を中断させる権限はありません(※10)。しかし、今大会では「ラリー中の『チャレンジ』が容認された」ため、「チャレンジ」申請が「e-Scoresheet」側で受信されてブザーが鳴ると、その時点で主審は、ラリーを止めざるを得なくなりました。
「ブザーの扱い」が180°変わったことで、ルールをよく知っているはずの関係者や、試合をしている当事者である選手やベンチ・スタッフまでもが、ラリー中断の理由がよく飲み込めず、女子大会4日目の日本対タイ戦における、あの大混乱の伏線になりました。
「事前に今大会ではこのようなシステムを導入すること、システムについての説明や、タブレット操作のトレーニングが必要であるならば名乗り出るように、と事前に配布した資料には記載したが、大会前に手を挙げたチームはなかった」と、FIVBは自身の正当性を主張しています(※11)が、混乱を招いた本当の要因が「システムそのもの」や「タブレットの操作方法」ではなく、事実上の【クイック・サブスティテューション】撤廃や「ブザーの扱い」に関する変更にあったという本質には、理解が及んでいないようです。
そして何より、問題がここまで大きくなったのは、FIVBがメディアやファンに向けてこうした情報を、事前に一切アナウンスしなかったことに尽きます。
「バレーボール〝そのもの〟の魅力を、余すことなくファンに伝えよう」という姿勢があるならなおさら、参加各国だけに通達するのではなく、メディアにも事前にきちんと公表し、ニュースとして積極的に採り上げてもらえるようアピールする努力を、怠ってはならないと思います。
◎ 「タブレット問題」で問われる、日本のバレー関係者の姿勢
こうした落ち度はFIVBだけでなく、審判団にもあると思います。「e-Scoresheet」自体は昨年から導入されており、無線LANの不調により柔軟な運用になっていただけで、今大会からは厳格な運用となるのは審判団には十分予想できたことでしょう。ワールド・カップ2015以降の、半年以上の時間的猶予を考えても、外部に情報発信するチャンスはいくらでもあったのではないでしょうか?
審判の任務は「ルールに則って公平で厳格な判定を行い、スムーズに試合を進行させる」ことですが、その任務を果たす目的は「試合の魅力を1人でも多くのファンに、わかりやすく伝えること」にあるはずです。任務を果たすこと自体が目的化していないか? ・・・ 審判団は自問自答すべきだと思います。
一方、タブレットが主審・副審にも見えるよう設置されているなら、そこに表示されている画面を、会場のコート・エンド両側にあるオーロラビジョンに表示することも可能なはずです。両チームのラインナップが大きく表示されていたなら、日本対ポーランド戦の問題のシーンでも、ルールをご存じの方ならすぐに事態を飲み込めたでしょうし、ルールをご存じない方のために、会場にはDJやジュリー(白ペデ 089ページ参照)がいるわけです。
会場観戦している大勢の観客が、目の前のコートで起こっている事態が飲み込めずに放置され、試合後にブログでの解説を読んで初めて納得する、という状況自体が、高価なチケット代を取って開催されるスポーツのあり方として、そもそもおかしいと気づかねばなりません。
試合進行に携わる審判団ならびに、会場運営に携わる協会スタッフやメディア関係者は、今回の「タブレット問題」を機に、FIVBが目指す方向性と自身のそれとのギャップに気づけるかどうか? が、まさに今、問われているのではないでしょうか。
(本記事の執筆にあたり、取材に快く協力下さった審判・VIS関係者の皆さまに、この場を借りて、厚く御礼申し上げます。)
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(※5)ワールド・カップ2007男子大会・日本対ブラジル戦の第4セットでは、日本が「7-2」とリードした段階でスコアラーが日本の【ローテーショナル・フォールト】に気づき、試合が長時間中断。日本のコートに、セット開始時から、スターティング・ラインナップ・シートに記載されていない選手が入っていたことが判明したため、日本の7点はすべて無効となり「0-3」から試合が再開された。
(※6)当該プレーが生じてから「5秒以内に」、「チャレンジ」を申請しなければならない
(※7)ワールド・カップ2015の段階では、「VIS」担当者はスコアラーから「スターティング・ラインナップ・シート」を受け取って、それを元に手入力で作業しており、「e-Scoresheet」との連携は行われていない
(※8)そうしたFIVBの目指す方向性が垣間見える1例として、試合中の全ラリーにおけるボールや選手の動きを、まるごとデータ化(トラッキング・データ)する試みが挙げられる。2014年の世界選手権では全試合でこのデータ化が試されたようで、男女の決勝戦についてはトラッキング・データがWEB上で一般公開されている。
(※9)女子大会・日本対タイ戦での大事件を受けて、男子大会では柔軟な運用をする形へと変更された
(※10)従来のブザーは、①ベンチに設置され、タイムアウト等の申請をする際に鳴らすブザー、②スコアラーが【ローテーショナル・フォールト】等に気づいて鳴らすブザー、の2種類があり、②のみ、試合を中断させる権限を持っている。①と②のどちらが鳴っているのか、審判が瞬時に聞きわけられるよう、両者の音色は異なるものが採用されている。
(※11)「女子バレー五輪予選 最後まで全力で戦ったタイチームの涙」(田中 夕子)
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photo by FIVB
(この記事は『バレーペディア編集室Facebookページ』に寄稿したものです。)
リオ五輪最終予選・兼アジア予選大会(以下、OQT)で物議を醸した「タブレット型端末(以下、タブレット)」。
「タイムアウト」や「チャレンジ」、「サブスティテューション(選手交替)」など、試合中に各チームが要求できる権利の行使にあたり、今大会では「タブレットを通じて」申請しない限り、監督が従来のハンド・シグナルを示しても許可されない旨の通達が、事前に各チームに行われていたようです。
こうした「タブレットありきの〝特別ルール〟」をきっかけに、女子大会4日目の日本対タイ戦の第5セット終盤で、タイのキャテポン監督が2枚のレッド・カードを出され、日本の大逆転勝利につながった事実は、日本の、いや世界のバレー史に永久に刻まれるのは、恐らく間違いないことでしょう。
この一件に際して、FIVB関係者は「リオでは、五輪で初めてこのシステムを導入します。後戻りすることはない」とコメントしている(※1)ようで、こうした発言からは、タブレット使用を前提とした新システムの導入をFIVBが、かなりゴリ押しで進めようとしている印象も否めません。
至近距離にいる副審にハンド・シグナルを示せば済むだけの、従来から長年行われてきた簡単な手続きを、わざわざタブレットを操作して行う面倒なシステムに変更する必要性が、いったいどこにあるのだろう? ・・・ 純粋にそういう疑問を抱いた方も多かったのではないでしょうか。
この歴史的大事件を、テレビで目の当たりにした私は、ふと気になって白ペデの 088〜089 ページを見返してみました。そこで、何ともお恥ずかしい限りなのですが、この見開き2ページの中に、本来なら最も肝心なはずのものがすっぽり抜け落ちているという、重大な不備に気づかされました。
これが 088〜089 ページですが、今さらながらに気づかされた不備がいったい何なのか、おわかり頂けるでしょうか? プレー経験のない方には、かなり難しい質問かもしれません。プレー経験者の方はいかがでしょうか?
正解は ・・・ 【スコアラー(記録員)】への言及が、抜け落ちている点です。
【スコアラー】の存在自体を知らない方に、FIVBが推進する新システム導入の必要性や重要性を理解しろと言うのは、酷な話だと思います。
決してFIVBの肩を持つつもりはありませんが、バレーの試合において【スコアラー】が果たす役割がいかに重要なものであるか ・・・ その理解がもっと一般にも浸透していたならば、今回の一件がバレー・ファンに与えた印象は、もう少し違ったものになっていたような気がしてなりません。
そうした意味から、白ペデで不覚にも書き漏らしてしまった【スコアラー】の役割について、バレーペディア編集委員の立場から、この場を借りて補足解説させて頂きたいと思います。
◎ 人知れず、重要な役割を担っている【スコアラー】
皆さんもご存じのとおり、6人制バレーボールにおいては他のスポーツにはない【ローテーション】というルールが存在します。セット開始時は(リベロを除く)6人のスターティング・メンバーが、あらかじめ申告した「ラインナップ(Line-up)」どおりにコート上に並び、セット開始後は自チームが新たにサーブ権を得る毎に、ラインナップが時計回りに1つずつ「ローテーション」して、コート・ポジション1(図1)の位置に来た選手がサーブを打ちます。
≪コート上に6人が「ラインナップ」どおりに並んだ際に、各選手が位置する「ポジション(コート・ポジション)」を、上記の「数字」を用いて表現する≫
これは6人制バレーボールの根幹に関わるルールであり、厳守されねばなりません。
このルールに逆らって、コート・ポジション1以外の選手がサーブを打った場合は【ローテーショナル・フォールト】の反則が、ラリー開始時(=サーブが打たれた瞬間)にコート上の6人がラインナップどおりに並んでいない場合は【ポジショナル・フォールト】の反則が、それぞれ適用されます。
誰も意図的に逆らうつもりはないでしょうが、プレー経験のある方なら試合中、自チームの正しいラインナップが今どうなっているかがわからなくなるという経験をしたことは、一度や二度では決してないはずです。
ましてや、コート外から試合を眺めている第三者が、両チームの正しいラインナップを試合中に常時把握し続けるのは至難の業であり、それは主審・副審であっても然りです(※2)。では、このバレーボールの根幹に関わる【ローテーション】のルールが、試合中に正しく守られているかどうかを、誰が監視しているのでしょうか?
もうおわかりですね。そうです、この監視の役割を実質的に果たしているのが【スコアラー】なのです。
どんなカテゴリの試合であろうと、どんな小さな規模の大会であろうと、それが公式戦である限りは、【スコアラー】を担当する第三者が必要となります。「IF(アイ・エフ: International Formの略)」と呼ばれる、【スコアラー】が記入する記録用紙は、その試合が「正しい【ローテーション】のルールに則って執り行われた」ことを示す「証拠書類」であると同時に、その試合の唯一無二の「公式記録」となります。
≪副審側のコート・サイドに陣取る【スコアラー】。主審に見えるように掲示している得点板こそが、その試合の「正式な」得点経過として扱われるもので、会場の電光掲示版での得点表示は正式なものとして扱われない。(photo by @ux3blust)≫
他にも、1セットあたり6回まで認められる「サブスティテューション」では、一度ベンチに下がった選手がコートに戻る場合、その選手と交替してコートに入った選手とのみ、交替が許可されますが、このルールがきちんと守られているかどうかを確認するのも、【スコアラー】の役割です。
リベロ制導入以降、1ラリー毎にリベロが後衛選手と頻繁に入れ替わりますが、それもすべて逐一チェックするのも【スコアラー】の任務です。
このように、【スコアラー】が担う役割というのは「ついうっかり、誌面で書き漏らしました」では済まされないくらいに、極めて重大な任務であるだけでなく、大変労力を要する仕事なのです。
◎ タブレットありきの〝特別ルール〟が採用されるまでの経緯
【スコアラー】に関してご理解頂いたところで、ここからが本題です。
私も実は知らなかったのですが、2012年の白ペデ発刊以降に起こった出来事として、【スコアラー】が記入する「IF」がFIVB主催の国際大会に限り(※3)、デジタル化されていたようです。
「Data Volley」で有名な、イタリアのDataProject社が開発した「e-Scoresheet」というWindowsソフトが、昨年ヨーロッパで開催された国際大会で試験的に導入され、日本で開催されたワールド・カップ2015でも正式に導入されていた事実が、関係者への取材で明らかとなりました。
メディアから情報が発信されることはほぼ皆無でしたが、昨年のワールド・カップで既に、タブレットは会場内に設置されていたのです。
操作に慣れる必要はあるとは言え、煩雑な作業が要求される【スコアラー】にとって、手書き入力がデジタル入力になるだけでも、作業負担はかなり軽減されます。たとえば、リベロの後衛選手との入れ替わりなどは自動入力が可能になり、手間が随分と省けます。
セット開始時のラインナップについても、従来どおり紙ベースで「スターティング・ラインナップ・シート(通称「目玉」)」を提出しますが、同時にタブレットを通じて入力することが義務づけられており、入力されたデータは「e-Scoresheet」の画面上に、ダイレクトに反映されます。
ここまで説明すれば、タブレットによる入力が「サブスティテューション」において、非常に大きな効果を発揮することは容易にご想像頂けるでしょう。もちろん、目視による確認が【スコアラー】の大切な作業として残りますが、入力ミスは理論的にゼロにすることが可能です。
「IF」をデジタル化させるにあたり、作業効率や正確性の追求する意味で、タブレット入力を導入するのは、必然の流れと言えるでしょう。
タブレット自体は設置されていたにも関わらず、この目新しいシステム導入の件がメディアで採り上げられなかった理由は、タブレットを使用しても構わない一方で、従来どおりのハンド・シグナルでの運用も認められていたからです。
「タブレット」と「【スコアラー】が入力するパソコン」との通信を、無線LANで試みたところエラーが頻発したため、従来どおりの運用も許可せざるを得なかったというのが、事の真相でした。
ハンド・シグナルで「チャレンジ」の申請が許可される(※4)シーンが、テレビ中継で頻繁に映し出されたこともあり、タブレット使用を前提とした新システムが導入されたことなど、メディア関係者ですら、知る由もなかったかもしれません。
通信エラーが頻発したワールド・カップ2015での反省を踏まえ、今回のOQTでは「タブレット」と「【スコアラー】が入力するパソコン」を有線接続することで万全を期し、ハンド・シグナルは許可しない「タブレットありきの〝特別ルール〟」が、本格導入されるに至ったという経緯でした。
こうして見てくると、FIVBが新システム導入を推進するのは、スコアラーの作業負担を減らすという「運営側の都合」だけが理由であるかのように、感じられるかもしれません。事実、新システムについてのマイナス面ばかりが取り沙汰された今回のOQTでしたが、そんな中で唯一「タブレットが導入されていたから」こそ、早い段階で気づくことが可能となり、混乱を最小限に食い止めることができたシーンがありました。
(後編につづく)
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(※1)「バレーの新システムはなぜ“今”か? タブレットとチャレンジの問題点。」(米虫紀子『Number Web』より)
(※2)ルール運用上は、主審がサーブ側チームのラインナップを、副審がレセプション側チームのラインナップを監視することになっているが、過去には主審・副審がそれを見逃してしまい、試合が進行してからその事実が判明して大混乱に陥ったケースが、国際大会(ワールド・カップ2007男子大会・日本対ブラジル戦)や国内トップ・カテゴリの大会(2009年の第58回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会・女子準決勝の久光製薬スプリングス対NECレッドロケッツ戦)でも、実際に生じている
(※3)Vリーグ含め日本の国内大会においては、2016年6月時点で『e-Scoresheet』は導入されていない
(※4)ワールド・カップ2015では、タブレットで申請できる項目に「チャレンジ」自体が、含まれていなかった
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